第1号 地球の反対側 パラグアイ共和国ピラポ市から

2011/03/29

  • 男・日本語教師 パラグアイで『(いき)』る! 第1号
    ~地球の反対側 パラグアイ共和国ピラポ市から~
     

    私が派遣されているピラポ市は1960年ごろから移住してきた日系人が多く住んでいるところで、なんと日本語だけで生活ができてしまいます。それは私の職種のせいだからだと思うかもしれませんが、違うんです。本当に、「日本語」だけで大丈夫なんです(笑)。旅行者が来るとあまりの日本語の流暢さにびっくりするほどです。このことに関しては、徐々に書いていきます。

    聞くところによると、パラグアイ共和国は日本から一番遠いそうな・・・。それは距離ではなく(もちろん距離もトップレベルなんでしょうけど)、アクセスの悪さです!成田空港から飛行機でまずニューヨークへ行き、そこからブラジルのサンパウロへ、そして、そこからパラグアイの首都アスンシオンへ・・・。ここまでで乗り継ぎ時間も含めれば、30時間以上。そして、私の任地ピラポ市はその首都アスンシオンから南へさらにバスで8~9時間・・・。ため息が出ませんか(笑)??日本にいる友達に「休みの日にちょっと遊びに来なよ!」なんてことは口が裂けても言えません。往復で60時間以上必要なのですから(笑)。

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    では、なぜ、そんなところに私は来ようと思ったのか・・・?実は、この地球の反対側の南米パラグアイという国が大好きで来たかった!!・・・というわけではありません(ごめんなさい、パラグアイ)。JICAの要請内容を一つ一つじっくりと読んでいたら、現在の派遣先、パラグアイのピラポ日本語学校にたどり着いたのです。日本語学校で働きながら、いつも頭の中をぐるぐると回っていたのは、自分が外国人になったことがないということでした。自分が学習者と同じような外国人経験をしたらもう少し、学習者の気持ちを理解できるようになるのではないか、もう少し違う角度からの授業や学生指導ができるのではないかと思っていました。日本における日系人子弟の教育問題についても興味がありました。大学時代にカナダへの短期留学を経験してから、日本語教師を目指しました。以来、がむしゃらに日本で「日本語教師道」を突っ走って来ましたが、一度ここで外に出て、もう一度自分の日本語教師道を見つめなおすことにしました。

    そして、たどり着いたこのパラグアイ共和国ピラポ市。この地球の反対側で一人の20代男として、一人の日本語教師として気がついたこと、お伝えしたいことを綴っていきます。ご興味のある方はぜひ、お付き合いください!

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  • パラグアイの市川先生

    市川 伴武 先生
    パラグアイ ピラポ市
    (JICA派遣)