勝利の女神が微笑むまで (毛利 知愛)

2012/04/01

ある日本語ボランティア養成のための勉強会に参加し外国人に日本語を教えることに興味を持った私は、その世界ってどんなものかな、とほぼ白紙の状態で昨年の検定試験を受けてみました。もちろん最低の判定で不合格でしたが、これは生半可な勉強では合格できないと痛感し検定合格の資格の代わりに420時間総合コースに通うことを決意しました。その時点では検定に関してはもう(受けなくて)いいかな、と思っていました。

そして今年の4月にアークに入校、素晴らしい先生方に恵まれて、日本語教育のおもしろさや奥深さを知り、本当に楽しく勉強することができました。I先生の音韻/音声論では、日本語の美しさ、繊細さを感じることができました。その美しい声で「日本語は美しいです」とおっしゃった瞬間の言霊(ことだま)の感動を忘れることはないと思います。O先生からは教師としての心構えを教わりました。講義のわかりやすさ、おもしろさのみならず、ご自身が大変勉強熱心であられ、また常に変わらず生徒の前での明るくポジティブでいらっしゃるその姿を見て、私の日本語教師としての理想像を固めることができました。さらにH先生の実にスマートでシャープな授業運びには驚嘆し、また検定に対する隠れたカリキュラムを一番感じさせていただいたと思います。O先生とH先生がおっしゃった、「日本のファンをつくる日本語教師」という言葉はとても共感できて、日本語教師としての私のひとつのプリンシプルになりました。

そして7月、検定演習科開始の時期になりました。検定受験は、420時間を受けていればもうしなくてもいいかな、と思っていたのですが、やはりチャレンジしたくなっていました。根っからの独学タイプなのと、420時間にかかる費用以上に自己投資することを迷っていましたが、家族が「今年がダメでもコツを教えてもらっておけばまた1年間効率よく勉強できるからやってみれば。」と言ってくれたことで本気のチャレンジを決意、今回で絶対合格するぞ、と覚悟を決めました。

しかし最重要分野である言語Ⅰの文法・文体を7月中旬から8月末にかけて、また言語Ⅲの語彙・意味/文字表記にいたっては8月下旬から開始9月末に終了の講義を取っていたため、無謀ともいえる挑戦であったことは事実でした。しかも私の場合は過去に言語学や国語を専門に勉強や仕事をしていました、みたいなタイプではなくこの分野は全くゼロからのスタートです。さらに検定演習科に加え心理学も7月から9月末までの受講です。そこで、ピンチはチャンスと逆発想し、講義に集中することに全力を傾けました。7月中旬から2ヶ月半の間、特に日曜日の朝から夕方までのⅠとⅢの4時間半の講義はなかなかハードでしたが、楽しみつつも一言たりとも聞き逃すまい、と必死でした。わからないことは授業中でも質問し、M先生とO先生にはささいな質問にも丁寧に優しく答えていただいたと感謝しています。また夏の暑さにめっぽう弱い私、体調管理も大きな課題でした。ただ子どもが中学受験のため、夏休みといってもどこに家族で遊びに行くでもなし、家庭内がストイックな雰囲気に包まれていたのは幸いでした。この期間の勉強時間は毎日4~5時間です。一日中勉強していたような気もしますが、集中してできたのはせいぜいこのくらいでした。ひとまず9月2日の模擬試験を目標にしていましたが、勉強内容は次の通りです。

  既習の講義のテキスト、ノート、プリントの内容の暗記と理解
  『新合格水準 日本語教育能力検定試験問題集』(アーク)
  過去問20年~23年の4年分
  『合格するための本』22年~24年(アルク)
  受講中の言語Ⅰ、言語Ⅲ、心理学のノートづくりと暗記と理解
  『新合格水準 日本語教育能力検定試験用語集』(アーク)
  『聴解・音声特訓プログラム』(アーク)

他に音声に関しては『聴解・音声特訓プログラム』を中心に上記の問題集に付属のCDで練習しました。検定演習科で音声はとにかく訓練です、と教わっていたので、毎日30分~1時間は欠かさず聴くようにしました。そしてもちろん検定演習科で次々といただくプリントはマスターするまでくり返し勉強しました。記述に関しては演習科で習ったくらいしかしていませんでしたが、「Yes or Noの結論→根拠・理由→展開→まとめ」の順で書き進める方法は、自分の思考に合っていたと思います。さらに細かいスキルも演習科で学ぶことができました。

そして迎えた9月2日の模擬試験。その前夜は肉体疲労による体の痛みと緊張で2時間しか寝ることができず、最悪のコンディションで臨みました。試験も難しくてドーンと落ち込みましたが、その合間に周りの仲間と何気ない会話をするなかで気持ちが楽になり、ありがたかったです。またアークのS先生を初めて拝見しましたが、にこにこしながら「合格祝賀会でお会いしましょう」とおっしゃるそのひょうひょうとした姿になぜか「希望」を感じました。結果は試験Ⅰは平均点よりかなり高い点でⅡは平均点くらい、Ⅲは平均点より少し低いくらいで、なんとか上位2割には食いこんでいました。この結果だとショックを受ける方もいるかもしれませんが、私はむしろ満足しました。この短期間にたいしたものだ、よくやった、と思えたからです。もっと内容を詰めていけば合格するかもしれない、とまさに希望を感じました。

9月上旬、中旬は夏の疲れが出てしまって、あまり進歩がなかった時期です。そして後半、もう一度ねじを巻きなおして奮起しました。それから試験日までの勉強時間は毎日5~7時間です。集中してとなると、合間に休みも入れながらですので1日7時間が限度でした。このころになると、最低限の家事以外は勉強、といった感じになっていました。夕食を作る体力、気力が残ってないときはお惣菜を買ってきてすませたりもしました。長年使命感を持って取り組んできた地域のボランティア活動(日本語ボラではない)その他すべては、試験勉強の時間をとる代償として休止していました。ただ好きな映画だけはリフレッシュもかねて何回か観に行きましたが。また体調管理のため睡眠時間はしっかり確保するようにして、涼しくなってからは体力維持のためにウォーキングだけは少しずつしていました。それでも勉強のための座りすぎで腰を痛めてしまいましたが、なんとかふんばりました。O先生には腰痛体操まで教えていただき恐縮しています。このころの勉強内容は、過去問を1年分増やしたほかは、模試以前とさして変わりない内容です。しかしその勉強内容の理解度はさらに深めていきました。言語ⅠやⅢ、心理学も新たにどんどん内容が加わるので余裕がなかったのもありますが、本来自分の勉強のスタイルとしては要領の良い短期決戦型ではなく、不器用でも壁ぬり型ですみからすみまでじっくりと時間をかけてマスターしていくタイプのほうです。ですから勉強内容においてはそれを貫き、むやみに多く問題集に手を広げることなく、最低限の分量をくりかえしてその内容を深く理解することに注力しました。特に基本は大切にしました。聴解のCDは聴きすぎたのか、音が悪くなってしまったのも何枚かありました。直前の一週間は、シミュレーションとして過去問のⅡとⅢの5年分をマークシートで解く練習、そして検定演習科でいただいたプリントに絞って何度も見直しました。前日は社会・文化に関する一般的な資料をPCで調べなおしたりしながらゆったりと過ごしました。

そしてついに10月28日の試験当日。模試のときとは違いメンタル面と体調面で最高のコンディションで試験会場に向かいました。演習科担当講師のO先生からは「自信と誇りを!」「試験を楽しみましょう」というメールメッセージを受講生にいただいていました。

そして試験Ⅰ、まずは自分が得意なはずの仲間はずれ問題に予想外に苦戦、そこで不覚にも焦りがでてしまいました。そうなると冷静さを失い、その次の問題もその次もその次も実際より難しく感じられてしまいました。ついに試験半ばには落胆からホントに涙ぐんでしまい、鉛筆を持つ手も止まり呆然としてしまいました。そのとき、あきらめるな!という己が心の声が聞こえたような気がしてはっと我に返り、こんなところであきらめてたまるか、絶対に最後まであきらめないぞ、と勇気を奮い起こしました。あまりにも最初と中盤で手こずったため、大問3問を残した状態で残り時間は15分でした。しかし幸いにしてこの3問は問題文を注意深く読まなくても解ける問題でしたのでなんとか時間内に全問マークすることができました。休憩時間になり、ふらふらと教室の外に出てみると、検定演習科の仲間がいました。みなさんも今回の試験Ⅰを難しいと感じていたようで少しほっとしましたが、ここで慰めあっていてはいけない、自分と仲間のためにとにかくポジティブに、と思い「Ⅱ、Ⅲで挽回できる、頑張ろう!」と一生懸命に言っている自分がいました。そして試験Ⅱ。椅子に座って試験開始をじっと待っている間に、「いつも通りでいいんだ、いつも通りやれば大丈夫だ。」と自分に言い聞かせました。試験Ⅱの試験は集中してできたと思います。集中して音声を聴こうとすると姿勢が前のめりになる癖があるのですが、試験途中に無意識にその体勢になった瞬間、これはいける、と思いました。もともとそう得意でもないのですが、ふだん通りの実力は出せたと思います。そして自信を取り戻して臨んだ試験Ⅲ。これはある意味実力以上の力が出せたと思います。設問に対して焦ることなくじっくりと考えることができ、解答は確信をもって選べたものが多かったです。試験Ⅲになってようやく、O先生のアドバイス通り試験を楽しむことができました。記述は、今年は取り組みやすい出題内容だったと思います。

終了後、もう外は暗くなっていて、明大校舎の庭の木々に飾られている白いイルミネーションの輝きが本当に美しかった。試験Ⅰで大失敗してしまったので不合格だなあ、と達観していましたが、心は充実感と幸福感で満ちあふれていました。これまで自分の努力を信じてきましたが、ここにいたって感謝の気持ちでいっぱいでした。自分でできることなどはほんの少ししかなくて、家族やアークの検定演習科のO先生を始めとする講師陣、そして仲間たちや目にみえない人々によって支えられて無事に試験を終えることができた、と心から思えました。

翌日、解答速報が出ていたので確認してみましたが、自己採点で試験Ⅰは正答72/100で72%、試験Ⅱは31/40で77%、試験Ⅲは67/80で83%の出来で、合計で記述をのぞいて170点でした。意外にも試験Ⅰも最低限はできていたので、もしかすると合格ラインになんとか達しているかもしれない、と初めて思えました。Ⅱはもうちょっと取れていると思いましたが少し残念でした。その後次々と各学校から解答速報が出ましたが、おおむね168~170点でした。そうなると今度はマークミスはなかったか、記述で何点とれただろう、難易度はどうだったかなどが気になり始めましたが、そこは気持ちを切りかえてしばらく試験のことは忘れることにしました。この試験は年による難易度や合格ラインがあまりにもバラバラで、よっぽど低得点か高得点でないと合否は予想できないという試験のようですから。

それから約2ヶ月後、検定試験直前に始まった実技の初級が終了した頃の12月22日、クリスマス大寒波で冷たい雨も降る日に、合格通知が来ました。ときどきふっと合否が気になってはいたので心底ほっとしました。

結果的には、公式正解で確認すると、記述をのぞいて169点、平均点から比べて最も得点が高かったのは、試験Ⅲでした。また昨年の合格率は27%くらいでしたが、今回は23%だったようです。

改めて考えると、今回の成功要因は、不調に終わった試験Ⅰが思ったよりは点が取れており、さらにもう少し得点しておきたかった試験Ⅰ、Ⅱの分を試験Ⅲでカバーできたことにあると思います。勝利の女神は試験Ⅲでついに微笑んだのです。それは私にとっては実に意外な結果でした。

試験Ⅲは、実技・実習を含んだ420時間修了者や、現場で教えたことのある経験者のほうが圧倒的に有利です。また基本的な知識を問う問題のように見せながら実はなかなか奥が深いものがあったり、同時にかなり細かな知識を問うものもあり、単純な暗記では到底解けない問題の多いのが試験Ⅲです。試験Ⅲは私にとってはとても手強い存在でした。理論をやっとすべて学び終えたばかりで実技なども全く未経験ですから。そんななかで得点が自分としては奇跡の8割を軽く超えた理由を、次のように考えます。

①検定演習科のO講師始め、理論の先生方が単なる机上の空論としてではなく「学習者にとって」この理論はどういう意味を持つのか、また「学習者のために」この理論を具体的にどう役立てるべきなのかまで練り上げて教えてくださっていたこと。そのまさにプロの感覚というべきものを素直に吸収し、それが習いたてほやほやの状態で正しい解答力となったこと。つまり優秀な講師陣を信じ、毎回の授業を大事にし、常に集中力マックスで臨んでいたこと。

②自分の勉強方法が、「知的正直さで、本当にわかったと思えるまで探究する」だったこと。その積み重ねで、本番ではわからない問題が出てもあわてずじっくりと筋道を立てながら考え、ときに正答を導くために適切な推測を働かせる応用が効いた。

③直前に、苦手なⅢの失点を少しでもなくそうと過去問でシミュレーションをくり返し、設問のとらえ方や解答の選び方のコツを自分なりに磨いていたこと。

今、日本語を教えるというどんな『ミッション』が自分の未来に待っているかと思うとワクワクしますし、たとえそれがどんなにささやかなものであろうと精一杯頑張ろう、と思えます。アーク420時間総合コースは6月卒業を目指してあと中級と教壇実習を残すのみとなりました。本当に、これまで支えてくださったすべてのみなさまに心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

そして私が先輩方の合格体験記を読んでは励まされていたように、この体験記を読んでくださる方々への励ましに少しでもなれば、幸いです。

毛利 知愛さん

日本語教育能力検定試験
第26回 平成24年度 合格