マレーシア勤務は強烈な体験でした。

2015/11/17

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宮川 百合子さん

日本語教師養成講座
1997年卒業

アークアカデミー日本語学校
日本語科専任教師

仕事をやめてからアークに入学しました。ですので、みっちり詰めて通うことができ、9ヶ月ぐらいで卒業しました。どうしても、早く日本語教師になりたかったんです。 卒業後すぐに、非常勤でアークに勤めはじめたのですが、それから1年足らずで、マレーシア行きのお声がかかりました。現地にあるアークの協力校で教員が不足したらしくて。以前から海外で働いてみたかった私は二つ返事で引き受け、数週間後にはマレーシアの教壇に立っていました。 きつかったです。今まで非常勤で週に3時間程度しか教えていなかったのが、いきなり週25時間以上になったわけですから。授業と授業の間に10分の休憩をはさんで、考える暇もなく次の授業が続いて、終ったら翌日の準備と勉強・・・。海外に住んでいるのにどこへも出かけられない日々です。 その大変さも半年くらいのことでした。授業にもなれてきて、時間の余裕ができて、現地の友達もできて、いろんなところへ遊びに行きましたね。毎日が観光気分です。学生さんとも親しくなって、よく遊びました。でも、仕事もちゃんとしていましたよ。後で考えれば、卒業して数ヶ月の新米教師なのに、週25時間ものハードな教壇経験ができるなんて、恵まれた境遇なんですよね。初めの半年間、とてつもなく大変だったのは経験不足のせいでもありますし・・・。南国での底抜けに刺激的で濃密な月日を過ごすうちに、精神面でも技術面でも非常に鍛えられたと思います。

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マレーシア時代

2年で日本に帰ってきました。しばらく休養した後、アークから、またやってみないかとお声をかけていただきました。そして、現在に至ります。 実は、休養している間、日本語教師をやめようかと悩んでいたんです。マレーシアであまりに強烈な充足感を得られたせいかもしれませんし、この仕事が大変なせいかもしれません。なんてこと考えてはいましたが、結局、辞めませんでしたね。アークに入る前の、いわゆるOL時代を思い返すと、仕事はずっと楽でしたが、でも、ただそれだけのことでした。もしあのとき日本語教師への第一歩を踏み出さなかったら、今頃私はいったい? と、想像しただけでもゾッとします。「やりがいのある仕事」 とか、かっこいいこと言うのは恥ずかしいんですが・・・。高度な専門技術を身につけることができて、それを生かして仕事ができる境遇に感謝しないといけないですよね。 今は、主に企業向けの日本語レッスンを担当しています。ビジネスライクに日本語を教えるのは、留学生クラスでの授業とはまた違う面白さがあります。あと、海外を視察する仕事も多いです。日本語がいろんな国で勉強されていて驚きます。例えばアイスランドだとかキプロスだとか。やればやるほどいろんな発見と刺激があって、大変ながらも毎日が充実しています。 ひきだしを開けると、生徒達からのおみやげがたくさん詰まっています。いろんな国のキーホルダーとかアクセサリーとか。あまりにも忙しすぎて表情がなくなってしまっている時でも、それを見れば自然と笑みがこぼれてきます。私は単純に、この仕事が好きで好きでたまらないだけかもしれません。