日本語教師の日常エッセイ「チリもつもれば」No.20 | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.20 笑いのツボ

2016/01/05

先日、テレビのインタビュー番組を見ていたら、ある俳優が「見ている人を泣かせる演技より、笑わせる演技をするほうが数倍難しい」と力説していた。視点はまったく違うが、たしかに「涙のツボ」よりも「笑いのツボ」のほうが千差万別で見つけにくいものかもしれないと思う。日本人同士でもそうだが、国が違えば社会背景なども異なり、当然ながら、人々に受け入れられるユーモアのセンスも変わってくるだろう。

 
私がそんなことを痛感するのは、授業で生教材として使用する映画やドラマを選ぶときである。初級ではレベル的にまだ難しいが、ある程度学習が進んだクラスでは、日本語力を測る意味でも、日本事情を伝える意味でも、視聴覚教材はとても効果的だ。特に、海外で日本語を教える場合は必須と言ってもいい。もっとも、台湾のように日本語教材や日本の書籍がごく当たり前に手に入り、テレビでも日本語専門チャンネルが複数あるような恵まれた環境もあるが、これはごく稀なケースだろう。


さて、ロシアの大学で教えていたときのこと。そろそろ生の視聴覚教材を使ってみようと、私は自信をもってある映画を選んだ。「大学の弱小相撲部が、紆余曲折の末ついに大会で勝利を手にする」という90年代の大ヒット作。私自身も大好きな作品である。個性派俳優演じる「最年長部員」が非常にユーモラスで、彼が土俵で一勝をあげるシーンこそ、誰もが大爆笑するクライマックスシーン。ロシアでも受けるはずだ。


果たして、学生たちの反応はどうであったか。幸い「ここだ!」と予想したところで大爆笑が起き、鑑賞後もみな満足そうであった。が、一人だけ笑っていない女子学生がいて、授業後に眉間に皺を寄せて私のところにやってきた。彼女曰く「お腹の調子が悪い人を笑いにするなんて、ひどいです!」とのこと。その爆笑シーンは「最年長部員がお腹を壊したことが、意外にも幸運を呼んで勝利」という展開だったのだ。

 

正直、まさかそこを突かれるとは予想もしていなかった。ちなみに、彼女はいつもは非常にフレンドリーな学生である。それだけ真剣に映画を見てくれていたのだろうが、改めて「笑いのツボ」の難しさを思い知らされた気がした。今でも、その映画は大好きだ。だが、最年長部員を演じた俳優をテレビで見かけるたびに、ちょっぴり心が痛むのである。

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