日本語教師の日常エッセイ「チリもつもれば」No.21 | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.21 一期一会

2016/01/18

小学生のとき、教室の隅に地球儀があった。休み時間にグルグルと回しながら、ロシア極東にドーンと突き出た「カムチャッカ半島」が妙に気になり、何度も確認したものだ。まさか数十年後に、カムチャッカがあるロシア極東で日本語を教えることになるとは、その頃は予想だにしなかったが、今さらながら「縁」というのは本当に不思議なものである。


世界には一体いくつの国があるのかと改めて調べてみると、実に196カ国に上るそうだ(2015年末現在)。けっして自慢できないが、場所どころか名前さえ聞いたことがない国も少なくない。ましてや、その国と「縁」を持つとなると、たとえ日本語教師であってもその数はかなり限られてくる。それだけに、出会い一つひとつを大切にしたいと思う。


ここ数年、私が気になっている国がある。キリバス―人口わずか10万人ほどの太平洋に浮かぶ島国で、1979年にイギリスから独立している、とネットで知った。数年前に、ある日本語教育プログラムで私は初めてその国から来た女性と出会ったのである。だが、恥ずかしながら、私はキリバスの名前も場所も知らなかった。「キルギス」なら知っていたが。


そのプログラムで、強く印象に残っていることがある。東京ディズニーランド見学の引率である。グループ紅一点であったキリバスの研修生は、始めから少し不安そうだった。こっそり聞くと、「スピードのあるものは苦手なの」という返事。実は、私も高い所とスピードのあるものが苦手である。それだけで親しみを感じ、ちょっと嬉しくなった。


ランチまでは皆いっしょに過ごしたが、午後からは自由行動に。刺激のある人気アトラクションに走る男性陣を見送り、私はある場所へ彼女を誘ってみた。「イッツ・ア・スモールワールド」である。少し前まで名前も知らなかった国からの研修生と巡る「小さな世界」。ふと隣を見ると、「すばらしい。子どもたちにも見せてあげたい」と話す笑顔があった。


その数か月後に偶然、テレビの報道番組でキリバスと「再会」した。地球温暖化による水位上昇のため国土が水没する危機にあり、国ごと他の地域に移転する計画があるという内容だった。大丈夫だろうか、ふと彼女の笑顔が浮かぶ。「小さな世界」を巡ったときの、ほのぼのとした幸福感と親近感が、遠い遠い小さな島国と、私の日常を今もつないでいる。

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