日本語教師の日常エッセイ「チリもつもれば」No.27 | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.27 寝る子は育つ

2016/04/18

日本語を教える、と言ってもその対象はさまざまだ。留学クラスはもちろん、企業レッスンもあれば、プライベートレッスンもある。学習者の人数が多い場合はそれをまとめる大変さ、学習者が1人の場合はその人のニーズに細かく応える大変さがある。それぞれ難しさと同時に面白さがあるが、今回はプライベートレッスンについて書いてみたいと思う。


マンツーマンの授業は相手とじっくり向き合うがゆえに、まず、お互いにある種の興味が持てないと始まらない。当然ながら、その興味はレッスンが終わった後も残ることが多い。例えば、中国の最高学府を卒業して、日本の超一流企業に就職した男性。いわゆるエリート中のエリートだ。日本語学習においても、めきめきと上達していく様子を目の当たりにして、ふと「どんな子ども時代だったのだろう」と興味が湧き、聞いてみた。すると笑顔で「毎日、小学校に遅刻していました」との答え。


ちなみに、学校は家からわずか数分の距離だったそうだ。「お母さんが起こしてくれなかったの?」と聞いてみると、「いいえ、わざと起こさなかったんです」と彼は言う。要は、子どもにとっては睡眠が何より大切である。学校が勝手に決めた時間に合わせた生活より、その子にとってベストな環境で育てたい、という考えのお母さんだったらしい。まるで『孟母三遷の教え』を彷彿とさせるエピソードである。彼はその環境で、身長も、成績もすくすくと伸び、チャンスを手にしたわけだ。寝る子は育つ―上昇志向が強い若者だけに、今も成長を続けていることだろう。


それとは違った意味で、忘れられない思い出もある。ずいぶん前のことになるが、海外の人気俳優に日本語を教えるチャンスをもらったのだ。現地のドラマで主役を演じる存在で、日本でも盛大なファンミーティングを開催するほどのスター。私が担当したのはほんの数回ではあったが、「スターと同じ教室にいる」というのは実に不思議な感覚であった。レッスンを通して、その謙虚で無邪気な素顔に触れることもでき、勝手に親近感を持った私は、今でも彼の活躍をそっと応援している。

 

日本語教師をやっていて思うのは、この仕事でなければ出会えない人たちと、日常的に接することができるという「奇跡」。これからどんな人たちに出会えるのか、わくわくしながら、次の奇跡を待っている。

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