日本語教師の日常エッセイ「チリもつもれば」No.29 | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.29 明と暗

2016/05/23

教壇から学生たちを見ていると、授業に集中しているか否かが手に取るようにわかる。堂々とスマホをいじっている学生は論外だが、なんらかの「書物」を開いている学生も、それが授業に関係ないものであることは一目瞭然。私も「ああ、もうそんな季節か」と実感するのである。


学生たちにとって日本語に関する2大試験と言えば、6月・11月の日本留学試験と、7月・12月の日本語能力試験だ。前者は日本の大学への進学希望者が対象だが、後者は大学進学希望の学生だけではなく、就職希望者、単に自分のレベルを知りたいという学習者など、日本語を学ぶ者の指標として重要な役割を果たしている。今でこそ年2回だが、これは2009年からで、それ以前は年1回のみの実施だった。本気で合格を目指す受験者にとっては、かなりのプレッシャーだったことだろう。


そういう意味で、年2回開催となってプレッシャーは軽減されたかもしれないが、その分、授業における学生たちの「内職」回数が増えたとも言える。が、参考書や問題集を広げているだけで得られる安心感もわかる。「まあ、がんばりなさい」と少しだけ温かい目で見守るのみだ。


当然だが、試験には結果がついてくる。ほとんどの学生が学校で申し込みをするため、結果は約2か月後、情報保護タイプのハガキで学校に送られてくる。それを本人の手で開いて確認、という決まりになっているのだが、そこでちょっとした人生ドラマが繰り広げられることになる。日本語能力試験は、合格ならば写真付きでそのまま「合格証明書」となり、不合格ならば単なる「結果通知」となるのだ。たとえ合格ラインと1点違いでも合格は合格、不合格は不合格。その差はあまりに大きい。


同じ教室でハッキリする「明と暗」。笑顔と落胆。教壇に立つ者としても複雑な思いであるが、その「複雑な思い」にはもう一つ理由がある。それは、「まじめに勉強している学生が、必ずしも合格できるわけではない」という現実だ。授業中にスマホを手放さなくても、宿題など提出したことがなくても、合格する学生は必ずいる。それはいいとしよう。

 

心配なのは「まじめに努力しているのに合格できない」学生である。そういった学生を合格に導ける秘訣があるなら教えてほしい。私の信条である「まじめすぎず」も、彼らを混乱させそうで容易に口にできない。

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