日本語教師の日常エッセイ「チリもつもれば」No.38 | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.38 キミの名は?

2016/10/11

人間というものは、実に正直だ。いつもは遅刻がちで、授業中もスマホを相手に自分の世界を作っているような学生が、その日は出欠をとる前に席に着いていた。しかも、いつもとは別人のように真剣な表情だ。他の学生たちも、なんだかソワソワしている。授業冒頭には漢字の自律学習の時間を設けているのだが「漢字の勉強どころではない」といった様子。今日は某女子大学からのインターン生が授業に入ってくれるのだ。


20人ほどのクラスを4グループに分け、4人のインターン生が1人ずつ参加しての意見交換。授業ゆえテーマも課題もある。ただ、日本の現役大学生と話す貴重な時間を、できる限り有効に使ってほしいと考え、グラフ読解の発表のあとはフリートークも可とした。このフリートークのほうが楽しいのは言うまでもなく、どのグループも話が尽きない。いつもの授業が「日常」なら、今日は完全に「非日常」。自己紹介から始まって、普段の授業とは違う、うれしい緊張感を満喫している印象だ。


日本語学習者にとって、勉強を始めて最初に学ぶのが「自己紹介」である。学期の最初の授業は自己紹介から始めるのだが、考えてみると、学生が学校の授業以外で生かす機会は、あまり多くはないかもしれない。ましてや、日本人の若者と自由に話す機会など、そうそうないはずだ。そんな意味で、今回の経験はきっと忘れられない時間になったと思う。


その証拠に、授業終了の時間が近づき「はい、そろそろ時間です」と私が告げたとき、いつもならさっさと帰ろうとする学生が真顔で「先生、まだ3分あります!」と時計を指す。どうやら、いつもの3分とは価値が違ったようで、学生には私が意地悪なおばさんに見えたことだろう。

 

「自己紹介」で思い出したことがある。先日、大学時代の仲間と集まったとき、ある友人が唐突に聞いてきた。「ねえ、1年の口語英語の授業で『クラウディア』って英語名を使ってたけど、どうしてあの英語名だったの?」と。その授業はなぜか今もよく覚えている。ネイティブ講師が初回に持参した英語名リストから、学生が自分で選ぶというルールだった。私の順番が来たときには選択の余地もなく、しぶしぶ選んだのだ。『クラウディア』を名乗っていた日々が、違和感とともに甦る。ちなみに、友人がなぜ数十年を経た今、それを私に聞いてきたかは謎である。

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