No.60 立場変われば

2017/09/04

仕事柄、人に質問するのは慣れている。上手かどうかはともかく、日々学生にいろんなことを聞いているという意味では「質問のプロ」とも言える。だが、反対に質問される立場となると、勝手が違って緊張したりするものだ。


先日の授業でのこと。上級クラスのメインテキストで「日本語の多様性」なるテーマを扱った。そして、そのテーマに即した内容でグループに分かれてインタビューを行い、結果をまとめるといった活動が行われたのである。インタビューの対象は学校のスタッフや専任教師で、授業担当教師は「学生の見守り役」というのが今までのパターンだった。が、その時は私もインタビューされることになり、若者言葉やカタカナ語が増えるなど、日本語がさまざまに変化していく現状について意見を聞かれるという。予定では「方言」に関する内容だったので、あまり深く考えずに引き受けたのだが、直前にテーマが変わったという経緯もあり、果たしてどんなことを聞かれるのか少し不安になった。


さて、当日。「会場」はいつもの教室だが、横一列に並んだ学生4人を前にしての面接スタイルである。日本語教師としての資質を試されているかのような気分になる。いつもは寡黙なある学生も、いくつか続けて質問してきた。そんなことに驚きながら、あれこれ答えているうちに持ち時間の20分はあっという間に過ぎた。返事に窮するということはなかったが、質問の意図をしっかり汲めただろうか、話は逸れなかっただろうかと、後から冷や汗が出る。学生がスマホで録音していたが、どう録れていたか想像するだけで恐ろしい。


インタビューといえば、思い出すのはウラジオストクでの編集委員だ。現地では日本人会有志により年数回『浦潮瓦版』という会報が作られていて、私もメンバーの一人だった。新しいレストラン紹介や治安など、生活に役立つ情報を集めた手作り感満載の小冊子。日本人会の和気あいあいとした環境もあり、瓦版編集委員は実に貴重な経験だった。ちなみに「浦潮」は、明治時代から使われていたウラジオストクの漢字表記「浦潮(塩)斯徳」の略である。


この『浦潮瓦版』で、私はインタビュー記事を担当していた。本業の合間に、当時の総領事や日系企業の駐在員といった方に話を伺う。テープ起こし&原稿作成という作業はそれなりに大変だったが、インタビュアー気分が味わえて新鮮だった。ところで、担当記事にはコーナー名があった。「光子の部屋」。どこかで聞いたことがある名称だが、そのあたりはご容赦いただきたい。