No.122 シロとクロと癒し | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.122 シロとクロと癒し

2020/03/31

その日、私の授業のテーマは「パンダのすべて」。大好きなパンダの魅力を、学生たちに伝えるという内容だった。さかのぼること1週間、そのクラスの担任教師に言われたのである。「10分くらいで日本語以外の授業をしてください」。そして、彼女はこう加えた。「たとえば、先生が好きなパンダについて、とか」。この一言で、テーマが決まったのであった。


これは「学生が一人ずつ、自由なテーマで授業を行う」という期末の活動にあたって、教師が例を示す、いわばデモンストレーションのようなもの。ちなみに、前日には担任教師も行うとのことで、テーマは「韓国語」。文句なく彼女の得意分野であり、納得のチョイスである。だが「韓国語」の翌日が、果たして「パンダ」でいいのだろうか。そう思いつつ、すでに頭の中には家にある書籍やら、DVDやら使えそうなものがいろいろ浮かんでいた。「とにかく何でもいいよ」ということを伝え、学生たちのハードルを下げてあげるにはちょうど良さそうだ。


さて、当日。まずは、ぬり絵でスタートした。パンダの輪郭だけを描いた紙をボードに貼り、代表で2人の学生に黒い部分をマーカーで塗ってもらった。一人は絵心ない芸人ばりに、斬新なバランスで笑いを誘っていた。もう一人は、かなり絵心があると見えて、なかなかの好バランスで塗れている。が、果たしてシッポは…。予想通り、しっかり黒い。実は、パンダのシッポは黒ではなく白。見事に私の「期待」に応えてくれたおかげで、その後もパンダ知識クイズで盛り上がった。「日本に初めてパンダが来たのはいつ?」「わかりませーん!」「1972年に日中国交正常化を記念して贈られたカンカンとランランです」というふうに問題と答え合わせが続く。


そして、休憩時間。スマホを手にした中国の学生が、そっと私のところにやってきた。「先生、さっきの話ですが…」と遠慮がちに切り出す彼のスマホには、驚きの内容が。実は、歴史をさかのぼれば「685年に唐の則天武后が当時の天武天皇に、パンダ2頭と毛皮70枚を贈っていた」というのである。文献には「白熊」となっているらしいが、それがパンダなら、1972年の1300年近く前に、既に「パンダ外交」は始まっていたことになる。うむ、知らなかった。「教えてくれてありがとう」と私がお礼を言うと、はにかんだ笑顔を浮かべて、彼は去って行った。 休憩後、予定では学生がそれぞれ発表の準備に入ることになっていた。が、持参したシャンシャンのDVDを流してみたところ、みんな実にリラックスして、楽しそうに映像に見入っている。急遽、予定変更。しばし、その姿を鑑賞することにした。何かと落ち着かない、今年の春。期せずしてパンダがくれた癒しのひととき。テーマ選びは正解だった、と確信できた。



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