No.133 迷宮とスピーチの秋 | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.133 迷宮とスピーチの秋

2020/10/27

この季節になると、なんとなくモスクワの街並みを思い出す。こんなふうに書くと「そんなに縁の深い街なのか?」と思われそうだが、そういうわけではない。訪れたのは、わずか3回。私が日本語を教えていたのは極東のウラジオストクだが、年1回、秋にモスクワで開催される『全CIS学生日本語弁論大会』に学生の引率で訪れるチャンスがあったのだ。


ウラジオストクで暮らす私にとって、モスクワ行きは「非日常との遭遇」であった。国内線の飛行機に乗ること約9時間。舞い降りたモスクワの街は、建物も通りも驚くほど大きかった。その最たるものが泊まったホテル。あの「赤の広場」に面し、その名も「ホテル・ロシア」なる巨大ホテルは、客室数がなんと3000室超。入り口を間違えたら、部屋には絶対に辿り着けない。改装を重ねたという果てしなく広い館内は、方向音痴の私には迷宮そのものだった。


ある年の弁論大会の夜のこと。引率した女子学生2人と連絡が取れなくなった。何度電話をしても、メッセージを送っても返信がない。「慣れない街で何かあったら大変」と、とにかく彼女たちの部屋まで確認に行こうとしたものの、ぐるぐる迷路にハマって辿り着けず…。翌朝やっと連絡がとれて聞いたところ、弁論大会で1位と2位に輝いた2人が、浮かれて夜のクラブに繰り出した、とわかった。ホテルは残念ながら2006年に解体されてしまったが、私の中では「モスクワ→巨大→ホテル・ロシア→迷宮に敗北」と、忘れがたい記憶になっている。


そんなことをふと懐かしんでいたところ、ウラジオストクの友人から「今年の『極東・東シベリア日本語弁論大会』はオンラインでの開催で、YouTubeでもライブ配信するらしいですよ」と連絡をもらった。この大会はウラジオストク、ハバロフスク、ユジノサハリンスクが持ち回りで開催する大会で、この上位入賞者がモスクワ大会に進む重要な大会なのである。


もちろん、私も楽しんだ。テーマは「サービスの格差」「男女平等」「謙虚すぎてはだめ」「アニメは日本文化の1つ」など、内容が予想できるものも多かったが、それぞれ堂々とした話しっぷりだ。発表後、審査員の質問に答えなければならないのだが、黙り込んでしまう学生もいて、私もつい「頑張れ!」と声が出てしまう。中には、日露両国で愛されている曲というテーマで、『百万本のバラ』のサビを披露した出場者もいた。オンラインでも、彼らの思いは十分に伝わってくる。いつの間にか気分は審査員で、結果が予想とほぼ同じだったことに安堵した。 


今年のモスクワ大会は12月にビデオ審査で行われるとのこと。いつもと違う、激動の年もあと少し。開催のカタチは変わっても、学生たちの更なる健闘を祈りたい。



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