NO.195 ステキな席の譲り方 | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

NO.195 ステキな席の譲り方

2025/05/19

4月期、新たな留学クラスを担当して1か月とちょっと。また今回も、「学生の名前と顔を一致させる」というミッションに取り組んでいるが、やはり年々そのスピードが鈍っているのを実感する。「10年前なら…」などと言っても意味がないことはわかっているけれど、ここ数年、人の名前を覚えるのには時間がかかり、反対に忘れるのは自分でも恐ろしいほどのハイスピードである。今期の「初めまして」は、留学クラスと「選択授業」あわせて40名弱。授業を進めるうえで、学生の名前を覚えているのと、覚えていないのとでは、授業に臨むときの気分がまったく異なる。授業中とっさに「〇〇さん」と相手の名前が出ることで、小さな信頼感のようなものも生まれるのだ。まあ、これも仕事を通して脳トレをさせてもらっていると考え、できるかぎり老いを遠ざけたいものである。

さて、4月期はスタートしてから3週間ほどでGWに入る。今年はカレンダーでは飛び石連休となっていたが、学校は4月28日の月曜日まで授業があり、翌日から5月6日までが連休となった。私は前半の数日間を地元でのんびりと過ごそうと、新幹線に乗るべく東京駅に向かった。帰省中の洋服やお土産は予め荷物で送っておいたため、そのときの私は見かけよりずっと軽い旅行用バッグを提げていた。電車は連休にしてはそれほど混んでいなかったが、ちょうど席が埋まる程度。私はたまたま立っていたのだが、前に座っていた若い男性が、気にかけて「あの…」と声をかけてくれた。「大きな荷物を持っていらっしゃるので、どうぞ」と、スマートに自分の席を勧めてくれたのである。

実はその前日、大学時代の友人たちとランチ会を開き、そのうちの一人がごく最近、電車で席を譲られてしまったという話になった。たしかに、彼女は譲りこそすれ、まだ譲られることはなさそうで、本人も思わず「なんで?」とつぶやいたと話すなど、納得できない様子だった。まあ、そこは10代から共に年を重ねた仲、「私たちもそんな年になってきたんだね」と、笑ってなぐさめ合った。

そして、今回の東京駅に向かう途中の一件だが、私はショックを受けるどころか、小さく感動していた。「大きな荷物を持っていらっしゃるので」のくだりに、だ。もともと、その男性が気遣いのできる人なのか、意識せずに口から出たのかは不明だが、たしかなのは、私がまったくネガティブな気持ちにならず、素直にありがたいと思えたことだ。それほど彼の勧め方は見事だったのである。

もし、「大きな荷物…」のくだりがなければ、おそらく私も少なからずショックを受け、「座るもんか!」と意地になったかもしれない。このときは結局、丁寧にお礼を言って「でも、大丈夫です」と遠慮したのだが、しばらく心の中に温かいものが残った。4月期の留学クラスでは「口頭表現」を担当している私だが、ぜひ授業の参考にしたいステキな「先生」に出会えたGW初日であった。

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