No.113 台風は去ったけれど | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.113 台風は去ったけれど

2019/11/06

台風一過の快晴が、これほど憂鬱だったことはない。台風19号。1か月前の台風15号による被害の爪痕も生々しい中で上陸した、あまりに非情な大型台風だった。範囲が広く、日を追うごとに明らかになる被害状況に言葉を失い、被災した人々の表情に胸が痛んだ。


テレビのインタビューを受けていた人々から多く聞かれたのが「まさか」という言葉だ。今回の報道で「正常性バイアス」という心理学用語を初めて聞いた。人間が持っている、自分にとって悪い情報を過小評価したり、シャットアウトする特性を指し、災害の際の「自分は大丈夫」という思い込みは、「正常性バイアス」によるものである…というような説明だったと思う。


台風の後、部屋を掃除していたら、雑誌の間から地域の水害ハザードマップがひょっこり出てきた。いつ配布されたのかも思い出せない。非常に薄く、今回気づかなければ完全にゴミとして捨ててしまっていただろう。まさに「危機感の欠如」である。今さらだが、自分が住んでいる場所はどのくらいの危険度なのか、そのマップを広げて確認してみた。すると、そこには危険度に加えて、大雨の予報が出た際にとるべき行動が、こと細かに、イラスト入りでわかりやすく書かれていた。地震に対しては、それなりに敏感になっていたつもりだが、正直に言えば、大雨についてはずっと鈍感なままだった。水害ハザードマップにも、心から詫びたいと思う。


台風について思い出したことがある。大学時代、所属していた登山サークルの夏合宿でのことだ。そのサークルでは年4回合宿が行われていたが、中でもメインである夏合宿は1週間超の長丁場となる。あれは2年生のときのこと。夏合宿を、猛烈な台風が直撃した。事前情報はあったものの「1日、2日で何とかなるだろう」と判断。向かった北アルプスでは、暴風でテントが破れ、避難した小屋は浸水し、完成したばかりだったスーパー林道は、大木が倒れ、見るも無残に崩れ落ちていた。そんな道を黙々と歩き、命からがら下山したのである。「自然を甘く見てはいけない」と痛感したはずが、いつの間にか記憶の片隅に追いやられていたとは…。


留学生たちも、次々と関東に上陸した台風で、日本の台風に対する概念が大きく変わったように感じる。これまでは、台風が近づいていると伝えても「じゃ、学校は休みですか」と軽口をたたくのが半ば「お約束」のようになっていた。が、今ではさっと神妙な表情になる。交通機関の計画運休、デパートやコンビニなどの休業など、以前の日本では考えられなかった対策がとられるようになった。これは、日本人にとって、ある意味で進歩である。自然の脅威に抗うことはできないけれど、身を守ることはできる。もう「まさか」は存在しない。



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