日本語教師の日常エッセイ「チリもつもれば」No.8 | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.8 ラッシュアワーはないけれど

2015/07/03

日本に来てビックリしたことや、日本の生活で困っていることを学生たちに聞いてみると、決まって最初に出てくるのが「物価の高さ」。そして「朝のラッシュアワー」だ。ラッシュアワーを口にする時の、心から嫌そうな顔も印象的である。日本人でも好きな人はいないと思うけれど。


では、海外にラッシュアワーは全く存在しないかと言えば、もちろんそんなこともなく、中国の大都市での東京以上の混雑ぶりが、映像とともにテレビで紹介されていたりもする。幸い私が暮らしていた海外の街では、交通機関の混雑で苦労することはなかったのだが…。


ベトナムで暮らしていたのは、2000年から2002年にかけての1年半。まさにベトナム経済が急成長に入った頃で、街には一日中バイクがあふれていた。私の生活エリアはハノイの中心部から少し南下した地区だったけれど、住んでいたアパートから学校に行くには、その名も「解放通り」という非常に大きな通りを渡らなければならない。大きな通りは仕方ない。問題は、その道に信号も歩道橋も全く見当たらないことである。


着任当時は「ないはずはない」と、しばらく南北に歩いてみたのだが、歩けど歩けど見つからずあきらめた。そして、毎日「どうか、ぶつかりませんように!」と祈りながら意を決して道を渡った。相手がバイクならまだいいとして、経済成長とともに車が増加。体力には自信があるが、車にぶつかって平気なほどタフにはできていない。通勤も命懸けなのだ。


命懸けと言えば、また別のタイプの恐怖も味わった。ロシアの冬である。私が暮らしていたのは極東のウラジオストク。もともと坂の街だが、アパートは急な坂の上にあった。本来、勤務先である大学へは徒歩で10分もあれば余裕で着ける。だが、冬は状況が一変。その坂全体が厚い氷と化すのである。想像してみて欲しい。坂には木も少なく、つかまる物などほとんどない。そこを歩いて、いや、滑って下るのである。30分以上も氷と格闘する冬には、慣れることはなく憎しみさえ抱いたほどだ。

スケート大国ゆえ、というワケではないのだろうが、その坂をロシアの女性たちはピンヒールで颯爽と歩いている。神業のようだが、ヒールが氷に刺さって歩きやすいのだと言う。もちろん、私は試したことはない。自分にふりかかるであろう悲劇が、容易に想像できたからである。

 

 

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