No.96 サッカーと停電
2019/02/18
特にサッカーファンではなく、詳しいルールも知らないような私であるが、先日のアジアカップはそれなりに注目していた。日本代表とベトナム代表が準々決勝で戦ったからだ。対戦当日の授業で、ベトナムの学生に「今日はサッカーの試合がありますね」と話を振ってみると、「ベトナムは負けます」などと言う。他国の学生まで「日本は強いから負けるはずがない」と断言する始末。「そうかなあ。簡単には勝てないと思いますよ」と私が言っても、ただ笑うだけだった。
ベトナムで暮らしていたときに驚いたことの一つが、ベトナムの人々の「サッカー愛」の深さである。それは「熱」というより「愛」に近い。路地を歩いていると、カフェや店の中から歓声が聞こえてくる。どうやらみんなでサッカーの試合を観戦しているらしいのだが、どこを応援しているのかはわからない。ベトナムが出場していない大会でも、変わらない熱量で声援を送っていた。とにかく、純粋にサッカーが好きでたまらないという感じなのである。ちなみに、当時の日本代表では中田英寿選手が大人気で、「ナカタ」を知らないベトナム人はいないほどだった。
こんなこともあった。知り合いの日本人教師が働いていたハノイ市内の学校に遊びに行ったときのこと。彼女の友人だというベトナム人女性を紹介され、一緒に食事に行こうかという話になり学校の外に出た。すると、近くで歓声が上がり、いつの間にか人がどんどん集まってきた。実は、そのベトナム人女性は女子サッカーのベトナム代表。現地ではとても有名な選手とのこと。たしかに、若い女性を中心としたファンにあっという間に囲まれていた。今から20年ほど前の話だ。ベトナムでは既に女子サッカー人気が浸透し、スター選手が存在していたのである。
サッカー愛は、ときに「停電」まで引き起こす。当時のハノイは慢性的な電力不足に悩まされていた。そんな中での対カンボジア戦。夜という時間帯もあって、人々のボルテージは最高潮に達したのだろう。驚異的な観戦熱ゆえ電力消費量が一気に上がり、突然辺りは闇に包まれた…。「また停電?」と同じアパートに住む同僚教師が言うので、「カンボジア戦が始まったんだって!」と私が言うと、なぜか驚いた表情で部屋に戻っていく…。後で聞いたところ、なんと彼女は「カンボジア戦」を「本当の戦争が勃発した」と思ったらしい。驚くべき勘違いである。そんな懐かしいエピソードが、テレビの中のベトナム代表の勇姿とともによみがえってきた。