No.106 スーツと自転車 | 日本語教師養成講座のアークアカデミー
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No.106 スーツと自転車

2019/07/16


6月から7月は、身が引き締まるときである。その理由は、今年で6年目になる、ある訪日後研修だ。毎年、私は6月中旬から7月中旬にかけて、週に数日しか関わっていないのだが、日本語教師として過ごす1年の中で「あぁ、今年もこの季節が来たな」と感慨深く初日を迎えている。この研修を担当する日は、通勤時間が普段の倍ほどかかるため、朝は余裕をもって5時に起きる。電車の乗り継ぎを考えると、ちょっと寝坊しようものならアウトである。今年も、初日には緊張のあまり4時ごろ目が覚めてしまい、そこからなかなか寝付けなかったほどだ。


だが、身が引き締まる一番の理由はそれではない。あいさつ、である。学校の留学クラスでは、特に全員でのあいさつはなく、教師の「始めます」を合図に、ざっと出欠確認。だが、その後も遅刻した学生がポツポツと入ってくる…といった、緊張感に欠ける状況がほとんどだ。一方、この研修では、少し早めに教室に入っていくと、既に全員が席に着いており、テキストを開いて予習復習に集中している。毎日何かしらのテストが行われるので、わずかな時間でも惜しいのだ。ごくたまに、ギリギリで教室に入ってくる場合もあるが、遅刻する研修生はいない。


そして、授業開始の時間。「始めましょう」という教師の一声で、クラスのリーダーから「起立!」の号令がかかる。その瞬間、研修生の目がいっせいにこちらに集まるので、当然ながら教師の背筋もピンと伸びる。心はもちろん、見た目も伸びているはずだ。続く「礼!」「よろしくお願いします!」「着席!」まで、こちらも気が抜けない。いい緊張感が走るのだ。


さて、この研修初日のこと。今年も自己紹介の時間を設け、名前、出身地、趣味と「日本に来てびっくりしたこと」を聞いてみた。実は内心、すでに研修が6年目でもあり、新しい話はそれほど期待していなかったのだが、それでもいくつか出た。例えば「日本では水道の水がそのまま飲めます」と、興奮気味に話す研修生もいた。来日して、さっそく飲んでみたようで、少しニオイが気になるという少数派以外は、今ではごく日常的に水道水を利用しているようだ。


また、こんな話に盛り上がっていた。「スーツの人が自転車に乗っていて、びっくりしました」というのである。曰く「ベトナムでは、スーツを着た人は自転車ではなく車に乗ります。お金持ちですから」。たしかに、私もハノイではそんな光景を見たことがない。というより、約20年前、現地における私の生活圏内で、スーツ姿の人をあまり見たことがない。いや、革靴を履いた人さえ珍しかった。そういえば、スーツならぬパジャマ姿で散歩する人たちに驚いたものだ。異文化がある限り「びっくり」は生まれる。今年の研修が、またそれを教えてくれた。