日本語教師の日常エッセイ「チリもつもれば」No.4 | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.4 あったらいいな!

2015/05/01

No.4 あったらいいな!

教師として「あったらいいな」と思うものがある。「記憶力」である。とくに、「人の名前を覚えるのが得意」という人が羨ましい。


数年前に小学校の同級生と話していた時のこと。「○○先生に偶然お会いしたんだけど。すごいよねえ、先生って」と妙に感心している。聞けば、「何十年も前の生徒たちの名前を、一人ひとりの性格も含めてスラスラと話していた」ということだった。恐ろしいほど長い時を経てもなお、自分が担当した生徒を覚えているという能力。スゴイを超えて、不思議である。『教師脳』みたいなものが存在するのだろうか。


さて、現在は私も日本語教師として、毎日いろいろなクラスの学生たちに接している。が、いま目の前にいきなり以前の学生が現れたとして、すぐに名前が出てくる学生は数えるほどだろう。街で偶然会っても、気づかないほうが多いに違いない。自慢できない話だが。


学校の中であれば、すぐに学生であることは認識できても、一歩外に出た時が怖い。先日も、道でニコニコしながら私に頭を下げてくれた女の子がいた。以前担当した学生だと思うのだが、悲しいかな、思い出せない。そんな時、私に記憶力があれば「あー、○○さん、久しぶり!」と声をかけることができたのに、と心から申し訳なく思う。


とにかく、教師にとって学生の名前を覚えることは不可欠なのである。初めて入るクラスで緊張するのは、名前を把握していないがゆえではないかとさえ思う。そして、めでたく顔と名前が一致した後、教師と学生の間に生まれる安心感。もちろん、そこには「今さら間違えるワケにはいかない」という新たな緊張感が生まれるのであるが。


先日、ある映画を見に行った時のこと。映画館への階段の途中、満面の笑みで私の名前を呼ぶ人がいる。目の前にいるその声の主を見たが、それが「いつ、どこで、なぜ」会った人なのかわからない。結局、彼女は行きつけの美容院のスタッフであった。この時ばかりは、相手の顔さえも思い出せない自分が、ちょっと怖くなってしまった。