No.44 ミレニアム

2017/01/12

2016年が慌ただしく駆け足で去っていった。最近、時間が経つのが早すぎて、こちらの記憶力がなかなか追いつかない。「あれって何年前のことだっけ?」などと思い出そうとしても、事実と記憶の差は年々開いていく。そこで、手帳を開いては日記を読み返すように一年を振り返ってみる。「ああ、そうだった」ならいいが、「そうだっけ?」も多くなる。


だが、海外での年越しは、何年経っても覚えている。中でも忘れられないのが、台北で迎えた1999年の大晦日である。「ミレニアム」「2000年問題」の、今や懐かしいあのときだ。ご存じのように、台湾は旧暦でお正月を祝う。元旦はその年によって異なるが、とにかく「正月」といえば「春節」をさし、12月31日は特に年越し感もないまま過ぎていく。日本語学校も特にふだんと変わらない。そして、帰宅してから衛星放送の『紅白歌合戦』で「せめてもの大晦日気分」をかみしめたものだ。


1999年の大晦日も、そんなふうに年を越すつもりでいたのだが、早朝クラスの女性から思わぬ誘いが。「夜、私たちと一緒に『天燈』を見に行きませんか」。聞けば、台北からローカル線でしばらく行った山里で、『天燈上げ』なる行事が行われるとのこと。本来は春節の行事だが、2000年を迎える「ミレニアム記念」で特別に開催されるらしい。どんなものかがいまひとつ想像できなかったが、もちろん「ぜひ!」と即答した。


台北駅前で待ち合わせて総勢6名でいざ出発。数時間かけ、酸欠状態になるほど混雑したローカル線に揺られて目的地にたどり着いた。若干の疲れを感じつつ、しばらく歩いたとき「先生、見てください」という声に顔を上げ、思わず息をのんだ。無数の「ランタン」が、人々の願いをのせて暗闇の空に昇っていく。あたたかな光を放ち、次から次へと…。初めて見た感動的かつ不思議な光景は、まるで映画のようだ。今までこの目で見た光景の中では、間違いなくこれが私のナンバー1である。


実は、1999年は台湾にとって悲しい出来事があった。9月21日深夜、中部を震源とする大地震が起き、2000人を超える尊い命が犠牲となったのだ。「ミレニアム天燈」には、その追悼の思いが込められていた。天燈を上げたあと、その場に居合わせた多くの人たちと一緒に、犠牲者の冥福を祈りながら迎えた2000年。17年経っても、色褪せることはない。


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