No. 76 灯台下暗し | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No. 76 灯台下暗し

2018/04/16

1月の某日、私は家から遠くない区役所の出張所に向かった。ちょっとした用事を、以前利用した出張所で済ませようと思ったのだ。が、そこは数年前にまったく別の施設となったことが判明。仕方なく次なる目的地に向かおうとした私の目に、可愛い看板が「こんにちは!」というように飛び込んできた。映画館である。小さな通りの小さなビルの地下1階。「あれ、こんなところに?」というような場所に、不思議な存在感を放ってそれはあった。


どんな映画を上映しているのかと覗いてみると、次の上映は『ニッポンの教育』というドキュメンタリー映画だった。タイトルからして硬派である。教育に関する映画はほとんど観たことがないが、その映画館が醸し出している雰囲気とのミスマッチに、かえって好奇心がくすぐられた。さらに、入口には「本日半額Day」の文字。これはもう完璧に呼ばれている。トントンと階段を下りてみると、ミニギャラリーといった趣のおしゃれな内部で、若いスタッフの対応も心地いい。私はこの空間に一目惚れ。即決で会員となった。


座席は約50。3年前にできたそうだ。洋画を中心に1日5~6本の映画が上映され、1週間ごとに作品や時間が変わる。作品のセンスも絶妙で、いっそ終日そこで過ごしたいくらいである。自宅から散歩気分で、お気に入りの映画館に通えるシアワセ。それ以来、月ごとの上映スケジュールを手帳に入れてチェックし、仕事帰りや買い物がてらに、ふらりと立ち寄っている。


実は、台北で暮らしていたときも、授業の合間などに映画館に足を運んでいた。忙しい日々の中での、手軽で格好の気分転換。あの『タイタニック』を観たのも台北だった。世界中で涙を誘った沈没シーンでは、当然ながら台北の観客も号泣。あちこちですすり泣きが聞こえ、全体が悲しみに包まれたかと思われたが、エンディングロールが始まるや一斉に席を立ち、楽しそうにおしゃべりしながら出口に向かう。「えっ、さっきの涙は? せめて余韻を…」と私は席に残ったが、入ってきた清掃員の「まだいるの?」とばかりの冷たい視線が刺さり、しぶしぶ席を立った。映画以上の衝撃であった。


それにしても、オープンして3年も経っているというのに、こんな近くにある映画館に気づかなかったとは。灯台下暗しである。きっと、日々教室内でも「気づかなかった」という見落としがあるに違いない。物忘れも気になるお年頃。今まで以上に注意力を働かせていかねば、と心に誓った。