No.99 そこで一句 | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.99 そこで一句

2019/04/08

今年も3月を迎え、多くの学生が巣立っていった。学校が作成した卒業アルバムのページをパラパラとめくり、クラス写真に写るいろんな笑顔を見ていると、しみじみするものがある。正直に言えば名前を忘れている学生もいるが、「これは4組のときに担当していたクラスだ」「この子は選択授業のときの学生だ」と、多くの見覚えある顔を見つけることができるからだ。


 

その卒業アルバムとは別に、この時期にはクラス毎に「文集」が作られることも多い。今年の卒業クラスにとっては日本語学校での日本語学習の集大成として、来年の卒業クラスにとっても学生たちのここまでの成果のカタチとして作られるのだ。私も1月期に関わったいくつかのクラスの文集が手元にある。例えば、あるクラスの川柳集。このクラスでは、文集を作るにあたって、初回の導入部分を私が担当することになった。責任重大であり、柄にもなく緊張した。


 

俳句は日本語の教科書にも登場することがあり、「HAIKU」として海外にも広まっている。俳句の傑作への感嘆が「ほほぅ」なら、川柳は「ふふっ」、といったところか。とりあえず、両者の相違点を示し、サラリーマン川柳や留学生川柳などを例に挙げながら、わかりやすいプレゼンを心がけた。季語なしではNGの俳句に比べて、川柳は自由だ。それだけに難しい。だが、中にはまさに思わず「ふふっ」と声が出る傑作も生まれ、なかなか味のある文集が完成した。


 

ところで、川柳で思い出すことがある。8年ほど前のこと。気分転換でたまに公募に投稿していたのだが、ある日、分厚い封書が届いた。応募していたことも忘れていた某川柳コンテスト事務局からの「あなたの作品が優秀賞に選ばれました」という通知だ。なんと賞金3万円。突然の吉報に私は舞い上がった。が、ふと疑問が。「果たして、私はどんな川柳を詠んだのだろうか」。それはハガキでの応募が条件だったため、手元に何も残っていない。答えは数か月後に出た。事務局から立派な作品集が届いたのだ。私は、ドキドキしながら自分の作品と「対面」したのだが、感想は「ふふっ」ではなく「???」だった。姉や友人たちには「えーっ、これで3万円も?」と驚かれ、嘲笑や酷評の嵐。川柳への意欲が、シュンと萎んだまま今に至っている。


 

ちなみに、今回の文集で私が勝手に選んだナンバー1はこれだ。「親の金 毎日使い いつかえす」。これを超える川柳を詠む自信は、残念なことに、今のところまったくない。