No.101 人間ビフォーアフター | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.101 人間ビフォーアフター

2019/05/07

日本語学習の初級から上級まで、教科書にたびたび出てくるトピックの一つが「カルチャーショック」である。日本に来て驚いたことを聞くと、来日して間もない学生は遠慮があるのか、基本的には日本人にとって耳にやさしいことを言ってくれる。が、日本での生活が長くなると、「生活者」として徐々に見る目も現実的かつシビアになり、遠慮がなくなってくる…というのも一つの傾向だ。むしろ、そういう意見にこそ興味深いものがいろいろある。


 

先日も、ある授業でカルチャーショックについて話していたのだが、あえて「日本のここはちょっと…っていうところは?」と恐る恐る水を向けてみた。と、ある学生が「酔っぱらいが多いのが信じられない」と苦々しい表情で話す。たしかに最近、そんな意見をよく耳にする。

日本人としては耳の痛い話だが、なぜかとっさに「サラリーマンはストレスが多いですからねぇ」などと妙なフォローを入れてしまった私に、学生はさらに続けた。「お酒が悪いわけじゃないんです。どうして飲み過ぎるのか、理解できない」と、厳しい表情はそのままである。


   

酔っぱらいは、日本人にとっては普通の光景だ。「季節を問わない風物詩」と言ってもいい。だが、外国人から見れば「マナーがいいと聞いていた日本人、しかもいい大人がなぜ?」と、文字通りショックを受けることが少なくないようだ。「日本人は飲む前と飲んだ後で、別の人になります」と言う学生もいる。ある意味の「人間ビフォーアフター」とでも言うべきか。


 

もともと日本人は世界でもアルコール分解能力が低い、というのは有名な話。オリンピックを来年に控えた今こそ、より理想的な「アフター」について考えるべきなのかもしれない。


   

ところで、「カルチャーショック」と併せて「リエントリーショック」という言葉がある。異文化になじんだ人が自国に帰って感じる違和感のことだが、私の場合、台北から戻ったときにこんなことがあった。台北では、バス停に番号が書かれた標識がずらりと並び、バスが次々とやってくる。そして、バスは標識の位置に止まるわけではない。常にバスの番号をチェックし、自分が乗るバスが視界に入ったら、それを目がけてダッシュ。「私を乗せて~」という意思表示だ。降りるときも、早めに席を立って「私を降ろして~」と意志を示す。それが必須であった。


 

しかし、日本では「乗せて~」も「降ろして~」もない。「乗る」と「降りる」があるだけだ。それを忘れ、私はバスを見て思わず突進してしまった。体が勝手に動いていたのだ。そして、乗るときに運転手さんから「お客さん、危ないですよ!」とあきれた声で注意を受けた。マイクを通してバス中に響いた声は、今も忘れられない。習慣とは恐ろしいものである。