No.109 「じょうおん」と「そうおん」
2019/09/11
今期の選択授業で「日本語能力試験・N1聴解」を担当している。今年12月の本試験を目指しているクラスだが、まだまだ基礎段階でN1合格には力が足りない。そこで、授業冒頭で取り入れているのが、単語のディクテーションである。教師が言った言葉をそのまま聞き取り、ひらがなやカタカナで正確に書く…というものだが、これがけっこう苦戦しているのである。
耳で聞いたことを書く、というごくシンプルな作業に思えるが、毎回10問ずつのテストで、全問正解できるのは20数人中の1、2人といった程度である。ちなみに、出題するのはその前の回に取り上げた単語。一応「既習」が条件であるが、教師としてはできるだけ「間違えやすい」ものを出題する。濁音や半濁音、「ゃ」「ゅ」「ょ」や「っ」、長音などが入った単語だ。
単語に一つでも入っていれば難度は上がるが、複数となればなおさらだ。例えば「じょうしょう(上昇)」「ふっきゅう(復旧)」は、「じょしょ」「ふきゅ」等になり、カタカナに至っては「プレッシャー」が「プレジャー」や「プレーシャ」に。「プレゼンテーション」などは「プレセンテション」、さらには「プレぜんテーション」といった、音は聞き取れているんだけど惜しいなあ、という答えまで登場した。「シチュエーション」が「シッチェショ」になると、私の滑舌に問題があるのではないかと思ってしまうが、正解できた学生が何人かいたので安心した。
ところで、ある日、友人と待ち合わせたときのこと。水のペットボトルを手に現れた友人が「今ねぇ…」と話し始めた。聞けば、猛暑ゆえに水を買おうとコンビニに入って探したが、見当たらないのでレジの店員さんに尋ねたそうだ。彼女は夏でも冷たい物は飲まない。水も「常温」を飲むことにしている。が、店内でその常温の水が見当たらなかったので、とのことだった。
レジにいたのは、留学生と思われる男女二人。「すみません、常温の水ありますか」と聞いたところ、二人は「じょおん?」とリピートしたまま、顔を見合わせていた。が、「水」というキーワードからしばらく考えて「あ、それですか」と、近くにひっそりと置かれていた「常温の水」を指して一件落着となったそうだ。そして、二人は「じょうおん? あー、常温!」と感慨深そうに確認し、一人が「これですか」とサッと書いたメモに書かれていたのは「そうおん」だったというオチがついたらしい。このミニレッスン、友人にとって新鮮な経験だったようだ。
「どう聞けば、すぐわかったかな?」と尋ねる友人に、「冷たくない水、とか」と答えつつ、教科書慣れした私たちが、とっさに選びがちな無難な表現が、正解とは限らないと思った。日本語教師ではないほうが、結果、面白い「レッスン」ができることが多々あるからだ。