No.111 ケガの功名 | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.111 ケガの功名

2019/10/03

学期の途中の長い休みといえば、4月末からのゴールデンウィークと、8月のお盆シーズンの夏休みである。前者の休み明けの話は既に書いたが、休み明けのコンディションという意味では、「暑さと湿気」という手ごわい敵が加わる分、夏休みのほうが「こたえる」ものである。


その夏休み明け初日は、月曜日であった。月曜日に担当していたクラスは、発音練習の後、漢字の自律学習となる。学生は各自で立てた目標に合わせて漢字学習を行うのだ。もちろん、質問は随時受け付けるが、基本的には自分で漢字のテキストで勉強し、テストもスケジュールを決めて自主的に受ける。教師としては「試験監督」のようなもので、こっそり休みボケのリハビリができる。頭がなかなかフル稼働しない月曜日の朝に、ありがたい時間なのである。


さて、それが終わると、次は文章表現。「小論文らしい文の書き方」を学ぶ時間だ。「レポートや論文を書く際に使う文体は、会話や作文の文体とはこんなに違いますよ。接続詞や表現も変わるから注意するように」などといったことを確認し、その定着を目標にした授業である。これが、なかなか難しい。学生にとって特に楽しい要素があるわけでもなく、教師としてもただ淡々と進めていくのだが、おそらく集中して聞いている学生は3分の1にも満たないだろう。


その日は、夏休み明けということもあり、いつも以上に教室内には「ふわふわ」とした空気が漂っていた。私自身、頭に雲がかかっている気がした。それでも、何とか学生を集中させようと少し声を張り上げたときだ。「会話とは違って、ショウロンポウは…」。自分では「小論文」と言ったつもりが、なぜかその言葉は「小籠包」となって教室に響いた。とたんに、あちこちで「小籠包!?」という声とともに、普段はまったく話など聞いていない学生まで、ひゃっひゃっと声をあげて笑い出した。私も思わず笑いつつ「お昼も近いし、お腹すいたね」とごまかし、授業を続けた。一気に空気が和み「ふわふわ」が消えた。これも、ある意味でケガの功名か。


ここまでは休み明けの話であるが、「休み前も要注意」というような出来事もあった。7月期最後の担当授業の日。おそらく私は「明日から休みだ」と、浮かれていたのだろう。階段を上って教室に向かおうとしたとき、「あっ!」と、なぜかつまずいて、ちょこんと階段で正座したような姿勢になった。落語家ばりの正座である。「わっ、恥ずかしい!」と思いつつ、恐る恐る振り返ると、一人の女子学生と目が合った。面識はない。が、「見たよ~」と言わんばかりの目である。私は目で「忘れて~」と伝え、逃げるように階段を駆け上がった。打った向こう脛が痛む。これは「功名」ではなく、ただの「ケガ」。とにかく、休み前後は気が抜けないのである。



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