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日本人は日本語が下手? 私が日本語教師になったきっかけ

2020/08/04

アークアカデミーの専任教員の本間に「日本語教師になったきっかけ」を話してもらいました。

新卒で日本語教師となった本間は、どのようなきっかけで日本語教師を目指したのでしょうか。そのきっかけは、意外とすぐ近くにあるのかもしれません。

 

EPA事業部 教務主任 本間麻美

① 海外で見つけた「日本語教師」という夢

学生の時の私の夢、それは英語の教師になることでした。

 

中学生の時から英語が大好きで、語学力向上を目標に大学生の時に行った海外留学。そこで色々な思いをしました。

 

まず、私は初めての海外長期滞在で自分の無知さを思い知ることになります。

 

語学学校の授業では、自国のことを話す機会が多いように思いました。その時、クラスメイトに日本や日本語のことを質問されて、的を得た答えが出せない自分に気が付きました。

 

アメリカ人はアメリカのことをよく知っている。
韓国人は韓国のことをよく知っている。

 

でも、私は日本、そして日本語のことを全然知らない。その恥ずかしさから、日本、そして日本語のことをもっと知りたい、説明できるようになりたいと思うようになりました。

 

また、留学中に通っていた語学学校の先生との出会いも、私の人生をがらりと変えてくれました。母語を教えている先生のなんとも楽しそうなこと。「自分の国の言葉を教えるって、楽しいことなんだ」そう感じました。

 

「私も母国のこと、母語のことを外国の人に教える仕事がしたい。」留学から帰国するころにはそう思うようになっていました。帰国後、大学4年生になると同時にすぐに通い始めたアークアカデミーの日本語教師養成講座。大学とのダブルスクールは物理的に大変な時もありましたが、忙しくも充実した日々でした。

② 養成講座で得たもの

日本語教師養成講座に通い始めた私は、日本語教育の世界にあっという間に魅了されました。養成講座の授業で学ぶのは目から鱗の知識ばかり。

 

「“わたしは”の “は” はどうしてwaなの?」「“わたしは〇〇です。”と、“わたしが〇〇です。”は何が違うの?」 という、日本語そのものの疑問から、「そもそも、どうやって日本語で日本語を教えるの?」という指導方法の疑問まで。養成講座の先生方はどんな疑問にも丁寧に答えてくれました。

 

養成講座での出会いも、充実した日々を作ってくれた理由のひとつでした。養成講座には大学生、社会人の方、主婦の方、すでにお仕事を退職された方など、様々な方が通っていました。年上の方と、そして様々な職種の方との関わりは、当時学生だった私に刺激を与えてくれました。そして何より切磋琢磨するクラスメイトがいることは日本語教師になることを目標とする自分にとって大きな助けとなりました。

③ 日本語教師デビュー

大学を卒業した私は、アークアカデミー日本語学校で非常勤講師として日本語教師デビューをしました。教える相手は留学生。日本語教師になりたての頃はとにかく授業準備に余念がなく、ただがむしゃらに毎週の授業をこなしていました。授業に入る直前までは緊張するものの、授業に入ってしまえば、笑顔の学習者がキラキラした目をして待っていました。そんな姿をみて、私の緊張も和らいだものです。日本語が好き、日本語を使って将来仕事をしたい、と夢見ている学習者の期待に添えるような授業をすること、それが私のやりがいになっていました。

 

悩みもありました。若くして日本語教師になった私は、働き始めたころは22、23歳。同年代の学生が多い中、接し方に悩むこともありました。ふだんは学習者もよく話してくれて同年代の良さを感じましたが、逆にビシっとしなければいけないところで、厳しくできなかったり。人生経験を積んだ先生方と違って、学生に自分の経験からアドバイスできることが少ないことがコンプレックスに感じることもありました。ただ、ないものはしかたがない。それなら私は若さと元気を武器にして、学習者目線を大事にしていこうと思うようになりました。

④ 専任日本語教師として

非常勤講師として働き始めてから数年が経ち、私は専任として働くことになりました。日本語教師になる前から、「いつかは専任として働きたい。」と思っていた私には、非常に嬉しいチャンスでした。

 

専任になってからの仕事は、授業だけではなく、カリキュラム作成、コースデザイン、学生管理、講師管理等、業務内容が多岐にわたりました。テキストや教材の作成などにも携わり、新たな視点から日本語教育界を見ているような気がしています。

 

また、留学部門だけでなく、EPA(経済連携協定)事業にも携わるようになりました。今まで留学部門しか知らなかった私ですが、学習者の多様なニーズを知ることができ、一段と日本語教育に関する知識が広がったことは、自分の自信にもつながっています。

 

今は「介護の日本語」の勉強に余念がありません。今後、どんどん広まっていくであろう「介護の日本語」のニーズ。世界にいる様々な人が、日本の介護の勉強を希望しています。そのような方たちの少しでも役に立てたら、助けになれたらと、心からそう願っています。

 

日本語教師になってから十数年経った今でも、また新たな勉強ができるということは幸せなことです。
次はどこの国の学習者に出会えるかな?これからの日本語教師生活も楽しみです。

 

EPA事業部 教務主任 本間麻美