No.162 「公民」と教育実習 | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.162 「公民」と教育実習

2022/08/26

楽しみにしていたお盆休みが終わった。連日の猛暑もあり、結局「日々の疲れをとる」ということで終わった感があるが、それでも連休ならではのリラックス気分は私なりに味わえた。


7月期は4クラスを担当している。うち2クラスは準備教育課程という特別クラス。日本語のほかに基礎教科「数学、公民、英語」を学び、日本の大学合格を目指すクラスである。その中の「2年生」にあたるクラスで、4月から「公民」を担当している。高校の教科書を手に四苦八苦しているが、まさか自分が公民を、しかも留学生に教える日が来ようとは、あの頃は想像もしていなかった。


公民を教えるためには、中学校および高校の社会科教員免許が必要になるが、たまたま取得していた。もちろん、教育実習も経験した。母校での2週間にわたる実習は、「がんばろう」ではなく、「なんとか2週間をやり過ごそう」という、かなりネガティブな意識で臨んでいたように思う。


実は当時、全国的に中学校や高校で「学校崩壊」「校内暴力」といったことが問題になり、私の母校でも教室の窓ガラスが割られる、トイレが壊されるといったことが日常的に起こっていたようだ。自分の知るのんびりした母校がそんな状況になっているとは信じられず、怖さも感じたが、「でも、今はけっこう落ち着いたみたい」という話に少しだけ救われ、教育実習の初日を迎えた。


落ち着いた、という理由は明らかだった。その数年前に着任した校長先生である。学校崩壊を受けて教師の大幅な入れ替えが行われ、新たに校長として着任したのがW先生だった。W先生は、まず誰よりも早く出勤し、校舎前の掃除や花壇の手入れをしながら、生徒が登校したときには「おはよう!」と元気に声をかけた。当初は、無視・無反応だった生徒たちだったが、根気強く続けた結果、徐々に小さな声で返すようになり、やがて生徒から先生に元気にあいさつするようになったという。


校内でケンカや暴力が起きれば、校長室に生徒を呼んで、説教するのではなく、時間をかけてとことん話を聞いた。そうした努力によって生徒との信頼関係を築くと、校内の空気が変わり始め、幸い私の実習のときは、特に問題は起きなかった。まるでドラマのような話だが、実話である。


W先生と私の父が知り合いだったこともあり、実習中によく声をかけていただき、校長室でお茶を飲みながらおしゃべりを楽しんだ。傍から見れば、なんと呑気な実習生だっただろう。私が「実は、教師になるつもりはないんです」などと、実習先の校長先生に失礼極まりないセリフを吐いたときも、「はっきりしてるねぇ」と笑っていた。穏やかで、まっすぐで、謙虚な「師」だった。


残念ながら、その後しばらくして、先生は不慮の交通事故で亡くなった。長い月日を経た今も、ふと、その優しい笑顔を思い出す。若い頃の記憶と「今」が、ようやく線でつながった。