No.193 それぞれの物語 | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.193 それぞれの物語

2025/03/24

3月11日、学校の卒業式が行われた。ビシッとスーツに身を包む学生もいれば、自国の民族衣装で厳かに決める学生もいる。とにかく、卒業生たちにとっては心身ともに引き締まる晴れの日である。ちなみに、「卒業式」ではあるが、本人の希望などにより3月19日の修了式まで在籍する学生もいる。私が担当した準備教育課程の23S、23Aの2クラスの場合は、学生の希望を問わず19日までの出席が必須である。そして、その彼らもようやく卒業生となって学校を巣立っていった。当日の午前は東京もぐっと冷え込んで思わぬ「涙雪」となったが、午後は一転して晴れ上がるという、実に慌ただしい空模様。いろいろあったが、ラストは空からサプライズでエールが送られたということだろう。

さて、卒業にあたり、この2クラス合同の卒業文集が作られた。それぞれが自由にテーマを決め、自由な長さに収めた文章である。23Sは2023年春からの2年間、23Aは1年半という来日してからの日々を振り返ったものが多いが、中には自国での幼少期から抱えていた思いを切々と綴ったものもある。当然ながら、私が知っている彼らはごく一部でしかなく、それも教室で過ごしているときの彼らの様子だけだ。それ以外は、「たぶん、こうなんじゃないか」と半ば推測しているだけである。

改めて文集を読んで、日本に来てから彼らが経験していたさまざまなことを知った。どんな国でも、理不尽なことは起こる。が、それが日本であったことに、胸が痛むものもあった。そんな日々を経て、「成長できた」「変われた」と表現している彼らが、妙にたくましく感じられた。また、内容と教室での様子がシンクロして、「もしかして、あのとき元気がなかったのは、これが理由だったのかも」と思ったりもした。何か自分にもできることがあったのではないかと、申し訳なくも感じる。

そんな中、目に留まったのが、アルバイトをしていた居酒屋での経験を綴ったものだった。学生は、ある日、お客さんに「〇〇さんの『いらっしゃいませ!』には気持ちが入っている。笑顔もとてもいいね」と褒められ、それが自信になって「頑張ろう」と思ったという話であった。その人は学生の名札を見て、きちんと名前を呼びながらそう声をかけてくれたのだという。彼がどんなに嬉しかったことだろうかと思うと、その見知らぬ人に菓子折り持参でお礼を述べに行きたいほどであった。

どの文章にも物語があり、それをミスの少ない日本語で書きあげていることに月日を感じる。もちろん、この時代「自分の力以外のサポート」を受けて書いた学生もいるだろう。それでも、大切な節目に、それを自分の思いとして文集に残せたことが、今後の彼らの自信につながればいいと思う。

この文集には、アンケート形式の全員のプロフィールも添えられている。「好きな日本語」に、何人かが「大丈夫」を挙げていた。そう、きっと大丈夫。彼らの物語はまだ始まったばかりだ。