No.73 消えたサンドイッチ
2018/03/12
ある日のこと。午前後半の授業が始まろうとしていたのだが、教壇近くの席に座っている男子学生が、しきりに首をひねり、全身から「僕、悩んでますオーラ」を発していた。思わず「どうしたの?」と声をかけると、「さっき、教室でサンドイッチを食べていたんだけど、そのサンドイッチがなくなったんです」。今度は、話を聞いている私の頭上に「?」が飛び交った。
その日は選択授業の日で、前半と後半は教室が違う。彼の言う「教室」とは前半の教室で、彼の話では「食べ始めたのは覚えているが、最後まで食べたか、そして、ゴミを捨てたかどうかも全く覚えていない」のだという。例えば「玄関のドアの鍵はかけたか」と不安になることはあっても、普段の習慣で無意識にできていることが多いものだ。だが、果たしてサンドイッチはどこへ行ったのか。なおも首をひねる彼を見て、まったく笑えない自分がいた。私自身、最近、「捜し物」をすることが多くなっているからである。
先日も、学校でちょっとした「事件」が起きた。その日の授業は、前日の授業の続きで、グループでミニドラマを作るという日だった。その活動には、前日学生たちが提出した資料が必要で、それがないと授業が成り立たない。私は、前日に担当教師から資料を引き継ぎ、すぐに「アレンジャー」なる引き出しに入れておいた。当日は、それを使って活動…のはずだった。が、なんと、前日入れたはずのアレンジャーから、資料一式ごっそり消えてしまったのである。あせった。思い当たるすべての場所を確認したが、どこにもない。
あるはずの物、なければいけない物が、一向に見つからないという状況に、私はふと思い始めた。「もしや、私がうっかり家に持ち帰り、忘れてきたのではないか」。最悪の場合、取りに帰らねばならぬか、とまで覚悟した。とりあえず、授業開始の時間が迫り捜索は断念。結局、学生には資料がないことを詫び、協力を得ながら、授業は終了。朝から嫌な疲労感が残った。
さて、確認のため家に帰ろうかと思いつつ、その前に念のため、とアレンジャーを開けたところ、なんと消えていた資料がすべて戻っていたのである。忙しい期末のこと。誰かがうっかり間違えてしまったのだろうか。何よりショックだったのは、「私が持って帰ったかも…」と、自分の記憶に自信が持てなかったことである。まあ、資料が戻ってきたのでヨシとしよう。学生のサンドイッチのように消えなくてよかったと、心から安堵した。