No.97 哀愁のバレンタイン
2019/03/08
その昔、バレンタインデーと言えば、寒い季節をホットに盛り上げる一大イベントであった。2月に入れば「もうすぐバレンタインデー!」という気運が高まり、マスコミの広告に押されるように、みな浮き足立って、デパ地下も華やいだ空気に包まれた。かく言う私も、若かりし頃は会社勤めで、同僚たちとあれこれ相談しては義理チョコ買いに走ったものだ。だが、時代の流れか、はたまた日本語学校という環境ゆえか、今では「ああ、そう言えば2月14日だったね」と、その日は過ぎていく。少なくとも、私にとっては一大イベントではなくなっている。
そうは言っても、留学生たちはほとんどが20代の若者だ。日本のように「女性から男性に」という習慣はなくとも、それぞれのワクワクがあるのではないかと思い、木曜日のバレンタインデー当日、朝の担当クラスの学生に聞いてみた。開口一番「〇〇さん、今日は何の日?」と振ってみると、やや考えて「木曜日」との返事。しばらくして気がついた他の学生が「バレンタインデー!」と答えたものの、笑顔はない。一人が「僕たち、バレンタインは何もないです」とポツリと言えば、他の学生も「そうそう」とばかりに首を縦に振る。良かれと思ってあげた話題だったが、朝からブルーな気持ちにさせてしまったかと後悔しつつ、授業に入った。
そんなバレンタインデーだったが、ちょっと癒される場面に遭遇した。それは休憩時間のこと。ある男子学生が受付に現れた。朝、教務の先生(女性)からの「お話があります」と書かれたメモを受け取っていたようで、なぜか嬉しそうだ。が、その用件が事務手続きに関するものだったことを知り、落胆の色が。「先生からチョコがもらえるのかと思いました…」。彼が発した哀愁あふれる言葉に、その素朴なキャラもあり、周囲は笑いに包まれた。秘密めいた「お話があります」のメモに翻弄された純な一人の青年。これもまた、一つの2月14日である。
こうして静かに終わったバレンタインデーだが、個人的にはちょっと嬉しいことがあった。それは、某コンビニでのこと。レジで支払いを済ませると、店員さんから笑顔で「よかったら、どうぞ」の一言が。何かと見れば、小さなチョコが籠に入れて置かれている。バレンタインデー限定のちょっとした心くばり。最高気温が10℃に満たなかった一日、それだけでほっこりした気持ちになった。そして、受付で落胆していた学生の顔がふと浮かんで、また和んだ。