No.98 大和撫子はどこに
2019/03/19
日本語教師としての経験をそれなりには積んではいるが、今でも難しいなと思うのが「会話」の授業である。職業柄、こちらが話すことには慣れているつもりだが、会話の授業となると、あくまで話すのは学生だ。当然ながら、ただ「はい、会話して!」というわけにはいかず、学生を「話したい」「話そう」という気持ちにさせるために、まずは教師が盛り上げていかなければならない。会話の授業のあとグッタリしてしまうのは、たぶん他の授業とはエネルギーの使い方が違うからだろう。参考テキストはあるものの、そのまま使えるわけではない。導入から、関連表現の確認、ペアでの会話作成・発表まで90分。クラスに合わせて、教師なりにアレンジしながら進めなければならず、「果たして、これでいいのか」と毎回、自問自答を繰り返している。
たとえ同じテーマでも、クラスによってやりやすいかどうかは異なる。反応のいいクラスは、教師としては気分的にラクなのだが、質問や意見が出すぎて盛り上がり、つい時間が足りなくなることもある。反対に、導入としてテーマに沿ってあれこれ学生に問いかけても、「特にありません」という空気になると、教師としてはまず教室を「温める」のに一苦労なのである。いずれにしろ、何十回、何百回と経験しても、相手に「話させる」大変さを痛感する。
もちろん、「会話」ゆえの面白さもある。毎回、ペアのマッチングは「くじ引き」で決める。数字を書いて折りたたんだ紙を袋に入れ、わざとシャカシャカ音をさせて混ぜる。「さあ、何番でしょう?」と言いながら、学生に1枚ずつ引かせるのだが、それまで冷ややかな表情だった学生も、ここで少し顔が緩むのだ。誰とペアになるのかな、というドキドキ感が素直に表情に出る。「何番?」と笑顔で隣同士が確かめ合う姿を見れば、教師は半ば「御役御免」というわけだ。
時には、意外な展開や発見もある。その日のテーマは「人の外見」。「ぽっちゃり」「ほっそり」などの語彙も入れつつ、好きな異性のタイプについて会話をさせた。と、いつもは不愛想な男子学生がいつになく楽しそうに発表している。そして、授業終了後、「先生!」と話しかけてきた。「大和撫子は、いますか」。何でも、彼の理想のタイプは大和撫子で、日本に来てずっと探しているのだとか。さらに「僕は年上が好きです」と、熱っぽく胸の内を語っていた。あいにく大和撫子の所在は私にもわからないが、彼がいつか理想の人に巡り会えることを祈っている。