No.102 宴のあと | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.102 宴のあと

2019/05/21


特別なGWが終わった。去年は学校の休みが9連休だったことを考えると、長さではなく、巷に漂う空気が異なっていたのだ。「平成」を見送り、「令和」を迎えた日本。テレビを中心に繰り広げられたこの「宴」、私自身も情報番組や改元の特別番組を見ながら、果たして外国人の目にはどう映っているのだろう、などと考えてしまった。これも、職業病の一つだろう。


実際、休み明けに入ったクラスで何人かに聞いてみたところ、彼らが特に何か感じたということはなかったようで、やや拍子抜けの感は否めなかった。考えてみれば、留学生たちの中には「部屋にテレビがない」という学生も少なくない。あえて、自分たちから情報を求めない限りは、今回の一連の報道を目にしていない、ということになる。なるほど、納得である。


さて、連休が嬉しい分、終わりが近づいてきたときの憂鬱さは、今回も例外ではなかった。今期の担当授業はすべて午前のため、まず「寝坊せずに起きられるか」という関門をクリアしなければいけない。前日は早々にアラームを2つセットし、翌朝に備える。緊張のせいか、結局は起床予定時間の30分前には目が覚め、「今から寝てしまったら、寝過ごすのではないか」という心配から、そこからは眠れない…といったパターンとなる。朝の30分は貴重なのだが。


起きたはいいが、体も心も重い。そんなときは、自分に言い聞かせる。「大丈夫。寝坊しなかったのだから、今日の仕事は半分終わったも同然」と。そして「きっと学生たちも休み明けで頭が働いていないはず」、そう考えると少し気分もラクになって、何とか今日一日乗り切れるだろうと思えてくる。憂鬱を和らげる、一種のマインドコントロールである。


こうして臨んだ5月7日の授業。担当したクラスの学生が、とても真面目で、反応がいいということもあり、気分よく進めていくうち、無事に授業は終わった。教室で学生たちを見送り、「ああ、よかった」そう思って、気がついた。用意した宿題の配付を、すっかり忘れていたのだ。教師としては痛恨のミスである。休みボケしているのは、他でもない私だった。


このGW、個人的には「平成最後の数日」を故郷で過ごした。地元に、どうしても行きたい場所があったからだ。ドナルド・キーン・センター柏崎。今年2月に亡くなった、日本文学・日本文化研究の第一人者の功績を記念したセンターを、初めて訪れてみた。館内にはキーン氏のニューヨークの書斎と居間がそのまま再現され、愛用していた椅子に座って、スタッフの許可を得れば、蔵書を直接手にとって読むこともできる。私もスタッフの方に勧められ、椅子に腰かけて蔵書に触れてみた。平成のラスト、私にとって平穏で贅沢な記憶が加わったのである。