夢をかなえてハノイに!~セカンドライフを充実させる方法~

2020/08/31

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伊藤 史子さん
日本語教師養成講座
2010年7月卒業

退職後の再出発

日々のニュースの中で「コロナ感染者数」が毎日報道され、日常生活でも外出自粛が当たり前になり、今までとは異なる新しい生活スタイルが定着し始めました。皆様はいかがお過ごしでしょうか

 

私は世界的にコロナ感染が深刻になる前の2020年3月中旬に、3年間日本語教師として勤務していたベトナムのハノイから帰国しました。

 

長いこと公立学校に勤務しながら、退職後は日本語教師か日本語ボランティアを夢見ていました。退職までに何か資格をと思い、アークアカデミーの門をたたきました。仕事との両立もありましたが、授業が楽しい、いやアークに行くことが楽しいということで、最長の2年をかけて420時間を修了しました。

 

その後、仕事を続けながら日本語ボランティアを細々と続け、念願の退職を迎えることになりました。

 

以前から希望していた日本語教師になれるのか不安と期待の中、アークの就職支援相談室に伺い相談しました。アークの卒業生の方から就職相談室の方はとてもきめ細かく支援していただけると話に聞いていたので思い切って相談に行くことにしました。評判通り、個に寄り添って丁寧な就職支援をしてくださいました。

 

その結果、希望通りのベトナム、ハノイでの日本語教師の生活をスタートすることができました。65歳からの日本語教師のスタートです。

ベトナムで日本語教師!でも現実は厳しかった・・・。

私が赴任したのは、創立3年目の留学生専門の日本語センターでした。留学生の間では有名なセンターでベトナムの様々な地域から学生が集まっていました。

 

はじめのころは、午前2コマ、午後2コマの授業で学生数も1クラス10~15人程度で、クラス数も午前・午後合わせて12クラスぐらいでしたが1年もたたないうちに20クラスを超えていました。その後も新しく募集するたびに学生数が増えていきました。幸い当時は、日本人の教師は、私を含めて4人もいて事前準備や情報交換の時間もありスタートとしては恵まれていました。4人中3人がアーク出身ということもあり、お互いの授業を見て、意見を出し合う中で、連帯感や信頼感が育まれました。

 

日本語教師として駆け出しの私は、息子のような30代の日本人教師からの厳しい指摘を受けながらも、それが現実なので素直に受け止め改善するように努めました。20代が主流のベトナム人の先生方にも親切に現実を指摘していただけたので自分の改善すべき点に早く気付くことができました。そのおかげで、1年間をかけて日本人が担当する会話のベースカリキュラムとその指導計画や教案もでき、授業に見通しと余裕が出てきました。とはいえ、現実は、毎日の授業準備に追われる日々が続きました。

 

2010年7月修了生 伊藤史子

ベトナム現地生活での様子


移動はバイクが主流

 


折り紙を使った授業

 


休憩時間:ちょっとお茶を・・・・・

 

 
七夕飾りに、学習者の願いを書いてもらいました