夢をかなえてハノイに!~現場から見えてきたこと~

2020/10/16

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伊藤 史子さん
日本語教師養成講座
2010年7月卒業

現場での苦悩

日々のニュースの中で「コロナ感染者数」が毎日報道され、日常生活でも外出自粛が当たり前になり、今までとは異なる新しい生活スタイルが定着し始めました。皆様はいかがお過ごしでしょうか

 

2020年はオリンピックイヤー、だれしも輝かしいオリンピックを期待して2020年がスタートしたと思います。でも、現実は予期もしないCOVID―19のパンデミックで、世界中が厳しい状況に遭遇しています。

 

このように現実はこちらが願ったとおりになるとは限りません。私もこの3年間いろんな壁にぶち当たり、何とか考えて必死に乗り越えてきたように思います。

 

一つ目は、予定変更が突然にあるということです。赴任して間もないころ、クラス担任のベトナム人教師からいきなり 「今日、いや、今から授業をお願いします。」と言われて呆然としたことがあります。先に赴任されていた日本人の先生方は、概要を聞いて簡単な打ち合わせを済ませると即教室に行かれていました。この経験値こそ実践によって習得されたものでした。

 

二つ目は、学習者の状況を把握できなくなっていったことです。赴任校では、クラス人数と名前がわかっていても日本人が担当するクラスは一週間ごとに替わっていったので、一週間ごとに新しいクラスに教えに行くというシステムになっていました。その意図は、できるだけいろんな日本人の発音に慣れてもらうというものでした。そのため、ベトナム人のクラス担任と事前に学生の情報交換をするのが時間的に困難となり、日本人の先生方も授業後、授業の様子や学生の反応、学習状況について口頭で伝えていたことも、クラス数が増えていったことで時間の余裕がなくなってしまったという現状がありました。特に私にとって顔と名前が覚えられないのが苦痛でした。以前はすぐ覚えられた人名と顔の認識を対象者が400人にもなると無理でした。

試行錯誤の日々、乗り越えた先に見えたもの

では、この二つの壁にどう対処し乗り越えてきたかというと、自分なりのクラスに対応した資料を作ることでした。私のクラス資料は座席表と顔写真、授業の教案をクラスごとにファイルにまとめるというものでした。顔写真には名前が書いてあり、授業の初めの点呼の時に座席と顔、名前を確認することができました。一クラスに同じ名前の学生が複数在籍していたり、同年代で顔もよく似ている学生が多かったりしていたので大変助かりました。更に、座席表には個々の学生の出身地や年齢、趣味、学習時の反応などを書きこんでいったので、次の授業に入るときも座席表を見ることで個に応じた支援が可能になりました。他にも、課ごとに資料や教案をいつでも活用できるように印刷して手元に置いていたり、パソコンに保存したりして自分なりのポートフォリオを作成していきました。おかげで、予期せぬ授業が入っても落ち着いて対処できるようになりました。

 

このように、現場での課題は個人差が大きく、自分に応じた対処法を工夫していかなければなりません。でも、共通点も多いので同僚の先生方と日ごろから課題を共通認識できる環境作りが大切だと思いました。

 

課題もいろいろありましたが、それ以上にワクワクする出来事も多く、気が付けば3年間が経過していました。充実した、貴重な体験は、人生の宝物です。

 

2010年7月修了生 伊藤史子

ベトナム現地生活での様子


日本語スピーチ大会会場にて

 


教師の日の様子

 


校外学習:ベトナム民族学博物館にて

 


パーティーが大好き!