No.152 冬の「サクラ」 | 日本語教師養成講座のアークアカデミー

No.152 冬の「サクラ」

2021/12/21

メールの中に「サクラ咲く」という件名がちらりと見える。学生たちの合格を知らせてくれるメールだ。学校には、一般留学クラスのほかに、準備教育課程というクラスがある。留学クラスは進学希望や就職希望など、学生によって学習目的は異なるが、準備教育課程は全員が日本での進学希望だ。国公立大学は年を越すが、私立大学受験者からは一人、また一人と合格者が生まれている。もちろん、春の桜もいいけれど、今の季節に咲く「サクラ」は、心に「あたたかい喜び」を届けてくれる。

 

それにしても、去年の春から現在まで、さまざまなことが続いている。できれば「過去形」にしたいところだが、残念ながら現在進行形である。去年はとにかく「オンライン授業」というものに出合ったこと自体が、私にとっては大きな出来事だった。去年と今年の大きな違いは何かといえば、そのオンラインを楽しむ機会が増えたことだろうか。教師としてではなく視聴者として、である。

 

特にこの1年程は、月に1、2回のペースで、何かしらの有料オンライン講座を視聴している。授業との一番大きな違いは、視聴者ゆえに、こちらはカメラもマイクもなく、テレビのように画面を見つめていればいいという点だ。自分が授業する緊張感を考えれば、こんなにラクなことはない。

 

ところが、先日、こんなことがあった。その講座は、私が好きな絵本作家(故人)の「息子さんの話を聴く」というもので、某カルチャーセンターの1回だけの講座だった。授業と同じくZOOMを使うのだが、申し込み後に送られてきた細かな「注意事項」には、「マイクとカメラを使用していただきます」とある。文面によれば、授業のようなスタイルで進めるらしい。「マイクとカメラ?」と思いつつ、当日を迎えた。果たして…内容は、母親との思い出を交えた興味深いものだった。が、空気は終始かなり重かった。誰もカメラをオンにせず、マイクもミュートのままだったからである。

 

正確には、教師という職業病が出て、私は冒頭ではカメラをオンにしていたのだが、他の参加者の画面が黒いままで、何だかいたたまれなくなり、そっと私もオフにしたのだった。1時間半ほどの話を聴いた後、「何か質問はありませんか?」という担当者の問いかけにも答える声はなく、講座は幕を閉じた。「画面が黒い」「反応がない」というのは辛いものだとわかるだけに、退出後にため息をついた私は、何だか悪いことをしたような気持ちになった。主催者は「アットホームな座談会」をイメージしたのだ。だが、私を含めて参加者が望んでいたのは、「視聴」なのだと思う。設定ミスだ。そんなことを考えながらも、私の授業後に、学生が大きなため息をついていないことを願った。

 

さて、2021年もあとわずか。思ったようにはいかないことも多かったけれど、来年こそは、新しい出会いや、明るい出来事で満たされますように。そして、たくさんのサクラが咲きますように。