No.187 雨ニモマケズ
2024/09/17
その日は雨だった。ジョギング並みのスピードとも言われた台風10号に日本中が翻弄される中、東京も大雨となり、私自身、ザーザーという擬音がぴったりの大雨の中をある場所に向かっていた。バスを降りてから20分近く歩き続け、洋服もびしょ濡れになり…まるで苦行のようであった。
8月30日の金曜日、私が向かっていたのは国立オリンピック記念青少年総合センター(通称「オリセン」)。『ARC日本語学校スピーチ大会』が開催されたのだ。今回から出場学生の条件に若干の変更があった。しかも、初めて京都校の代表2人も出場することになり、東京校、新宿校、そして京都校…3校そろい踏みで、さらに盛り上がりそうな予感がしていた。それが、本人たちもさぞ楽しみにしていたと思うのだが、台風によって上京を断念せざるをえなくなってしまったという。まったくもって迷惑な台風10号、非常に残念な話である。やむをえず、彼らのスピーチは事前に撮影したものをステージの大きなスクリーンに映しての「発表」となり、会場で大きな拍手が送られた。
今回の出場者は、前半7人、後半6人の計13人で、テーマは「私が見た異文化としての日本」だ。会場の受付でもらったプログラムのタイトルを見ながら、どんなスピーチなのかと予想してみる。『初めての電車』『あいさつできない人っているの?』『日本人の褒める習慣』『逆の意味があるしぐさ』といったタイトルが並ぶ中、『わたしとコメのふれ合い』という異色のタイトルが目にとまった。今回、準備教育課程の2クラスから1人ずつ出場しているのだが、これはその一つ。ちなみに、現在深刻な問題になっている米不足とは関係なく、純粋に「日本の米が好きだ!」という熱い話である。
準備教育課程のもう1人のスピーチは『考えさせてください』で、彼が代表に決まったときに「…がんばらなきゃ!」と、自分に喝を入れるようにつぶやいたのを私は聞き逃さなかった。いつもはあまり感情を出さない学生なのだが、そのときは彼の中に「本気」を感じたのだ。内容は、バイト先での甘酸っぱくもホロ苦い恋の話だが、かなり練習したとみえて立派なスピーチに仕上がっていた。
さて、待望の結果発表。ステージ上には1位から3位、優秀賞、特別賞と5人分の賞が用意されていた。まず、特別賞には「コメ愛」を訴えた準備教育課程の学生が受賞し、優秀賞は『毎日お風呂に入る? 入らない?』に決定。続いて3位は『ティッシュ、逃げられない!』、2位は『考えさせてください』、優勝は『電車の中ほどまでお進みください』に贈られ、大会は無事に幕を閉じた。
ところで、2位に輝いた学生について。スピーチ後には自分なりに手応えはあったようだが、実際に名前を呼ばれて実にいい笑顔を浮かべていた。スーツ姿ということもあり、教室での彼とは別人のようである。翌週の授業ではすっかり「いつもの彼」に戻っていたが、たしかな自信が漂っていた。