No.131 目は口ほどに
2020/09/16
ようやく、4月からの2020年前期の授業が修了した。緊急事態宣言による休校に始まり、オンライン授業の導入、そして対面授業再開、さらに対面授業とオンライン授業の併用…これほど目まぐるしく変化した学期は、もちろん経験したことがない。そして、学生と日々マスク姿で向き合うというのも、長くなった日本語教師生活で初めてのことである。
マスクに関しては、このコロナ禍の報道でたびたび取り上げられているが、欧米などでは感染拡大が深刻な状況でも、マスク着用を拒否する人が少なくないといった報道も見かける。もともとマスクの習慣がある日本人にとっては、むしろ自主的に着用している感さえあるが、果たしてこの違いは何なのか。その答えになりそうな記事を、偶然ネットで見つけた。
ある大学の研究によれば、日本人は目元から人の感情を読み取り、鼻から下はあまり見ない。だから、マスクをしていても相手の感情が読めるという安心感がある。まさに「目は口ほどに物を言う」である。対して、欧米人は目元だけではなく口元にも注目し、そこから感情を読み取ろうとする傾向があるらしい。ゆえに、マスクなどで口元が隠れている相手には恐怖心を感じることがあるのだ、というような内容だった。なるほど、と思わず膝を打った。そう考えると、日常的なマスク着用を拒否する心理も、少なからず理解できるような気がしてきた。
さて、マスク姿での授業も、何とか前期修了に近づいたある日のこと。休憩時間に一人の学生が私のところにやってきた。目元の表情からすると、深刻な話ではないらしい。「先生、質問があります。『調子に乗る』って、どういう意味ですか」。状況次第では批判めいたニュアンスにもなる表現だ。それを、バイト先の同僚に言われたらしい。「その前に誰かに褒められた?」と尋ねると、嬉しそうに「はい」と言う。笑顔も可愛く、努力家の彼女のこと。店長やお客さんに褒められても不思議はない。「で、すっごく喜んだ?」「はい」「同僚は笑ってた?」「はい」。状況はわかった。これは、微笑ましい場面での「調子に乗る」であると。言葉で説明するのは少し難しかったが、悪い意味ではないと知ると、彼女はとびきりの笑顔で席に戻って行った。
また、別の日。今度は男子学生が、こんな質問をしてきた。「先生、女の子とコーヒーを飲みに行きたいとき、どう誘ったらいいですか」。かなり直球の相談である。あえて、その相手がどんな人かは聞かなかったが、日本語で聞こうとしているところを見ると、同じ国の子ではないようだ。「こんな感じで誘ってみたら?」と文を書き渡すと、彼もまたマスク越しに笑顔が覗く。目は口ほどに物を言う。学生たちの日常が垣間見えて、私までちょっと嬉しくなった。