地域住民のサポートとして『やさしい日本語』を 使う重要性
2020/09/17
王子国際語学院の教務主任の佐藤先生に、地域社会に求められる「やさしい日本語」について話を伺いました。外国人居住者が増えている昨今、外国人とのコミュニケーションで私たちが意識するべきこととは何でしょうか。
蕨市と外国人居住者
私の勤め先の日本語学校がある、埼玉県蕨市では外国人居住者の比率が急増しています。
2015年から1年ごとに約1%の増加傾向にあり、2020年8月の時点では9.8%となっています。※1
10人に1人が外国人となると、全国的にみてもかなり高い数値です。
日本の総人口に占める外国人住民の割合は2.25%です。※2
埼玉県人口に占める割合は2.67%で、比率では蕨市は埼玉県でトップです。※3
蕨がどんな町かというと、電車で、30分ほどで新宿駅まで着くほど都心へのアクセスは良好です。
それなのに隣駅に比べて高層建築が少なく、ローカル感の漂う町です。
肝心な、外国人の受け入れ態勢はどうなのかというと、まだまだ課題の多い状況ということになりそうです。
そんな中、外国人との交流や受け入れの円滑化を図り、市が中心となって多文化共生の指針策定が始まりました。その指針策定に先立ち、王子国際語学院の学生が委員として委嘱(いしょく)されました。実は、以前に外国人受け入れに関わる協働事業を行ったという経緯があったからです。
「やさしい日本語」とは
外国人との交流や受け入れで、最近よく取り沙汰される事柄として、「やさしい日本語」という考え方があります。これは簡単に言ってしまうと、外国人が理解しやすい日本語という意味です。
前述の指針策定に向けて、市の職員向けに「やさしい日本語」の研修が用意されていました。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、本コラムでは「やさしい日本語」が一体どんなものなのかを一緒に見ていきたいと思います。
私たち日本語教師が学習者と話しをするとき、日本人と話すようには話しません。
モードを切り替えているのです。では、どのように切り替えているのか。
一つ、すぐにできることはスピードを落とすことです。
外国語学習の経験がある人は、これがいかに理解を助けてくれるかはすぐにわかるはずです。
反面で、言葉を異にする人とのコミュニケーションが不慣れな人は、伝えようと必死になればなるほど、力んで速くなってしまう傾向があります。
伝達には逆効果です。でも、焦ると速口になってしまうのは習性なのですね。
言葉の言い換え
もう一つの重要なことは言葉を選ぶことです。つまり、言い換えの技術が求められます。いくつか、言葉を検討してみましょう。
まず、「遅刻」という言葉です。「遅れる」という動詞に言い換えることができます。
どちらがより理解されるでしょうか?「遅刻」は学校や職場など、生活において比較的早期に出会う言葉です。
「遅れる」という動詞は初級学習の半ばで出てくることが多く、来日して間もない外国人は知らないことが多いです。
「遅れる」よりも「遅い」という形容詞の方が初級の早い段階に学習されるので、認知される可能性が高いです。
「遅刻」が伝わらない場合は「遅いです」という言い換えが妥当だと言えます。
ここで、漢字で構成される熟語は難解なので避けるべきという議論があります。
反対に漢字圏出身の学生は漢字の熟語の方が理解しやすいのではという指摘もあります。
もちろん、中国語は漢字が同じでも発音は違いますね。
文字での疎通はできますが、日本語の発音では口頭伝達は不可能です。
次の言葉を検討してみましょう。
「渋滞」という言葉が伝わらなければ、どう言い換えますか?
「車が詰まってる」「道路が混んでる」などでしょうか。
「車」は最も重要度の高い言葉に分類されるので、来日以前から知っている人がほとんどでしょう。
しかし、「詰まる」は中級の言葉とされ、来日時に知っているという人の方が少ないでしょう。
たとえば、みなさんは英語で「詰まる」がわかりますか?
「道路」と「混む」は、「詰まる」よりは認知される可能性は高いですが、留学生が来日時に理解できる可能性はそう高くないと思います。
一方、「渋滞」という言葉は意外と伝わることが多いのです。
その理由は多くの初級日本語の教材で扱われているからだと思います。
言葉選びの一つの指標として、自身の外国語学習経験に置き換えてみることができます。
読者の中には英語の学習経験がある人がほとんどかと思います。
自分だったら英語で言えるかどうかを考えてみてください。
「洪水」という言葉を検討しましょう。
言い換えるとしたら何でしょう?「川の水が溢れる」でしょうか?
英語で「川」はOK! 、「水」はOK!、「溢れる」は…わかりますか?
それでは「洪水」は…?
“Overflow”よりは”Flood”の方がわかる人が多いのではないでしょうか?
同様に英語で、“See the sights”と言われるよりも”Sightseeing”なら、すぐにわかるという人の方が多いでしょう。”Sightseeing”は海外旅行のガイドブックでよく見かけるからですね。
以上のように、一方的に漢字の熟語を避けるべきではないということがわかります。
今、求められる「やさしい」日本語
日本語の学習経験が浅い外国人と話すときには、どんな言葉なら伝わるかをいつも意識する必要があります。その答えは学習過程を知ることにあるでしょう。
日本語教師が日々、学習者に使っている日本語こそが「やさしい日本語」なのです。
外国語習得の経験がある人には思い返してみてほしいのですが、同じ言葉なのになぜか聞きやすい人、聞き取りづらい人がいたと思います。
聞きやすい人はきっと「やさしい外国語」で話してくれていたのではないでしょうか。
おさらいしましょう。
同じ言葉を何度も繰り返す威圧的なリピートはご法度です。
力んで声量を上げても、わかったふりを促進するだけです。
さらには、相手のコミュニケーション意欲の低下を招いてしまいます。
また、日本人の習性として、丁寧に話そうとすればするほど、言葉を探してしまい、結果として聞き慣れない言葉が出てきます。
情熱や懇意の多い人に陥りやすい言葉の罠ですね。
これらを思い切って変えていきましょう。
地域社会には今これが一番求められていると感じています。
シンプルでいいのです。ポイントは2つ、スピードと言葉のコントロールです。
王子国際語学院 教務主任 佐藤歩
【出典】
※1 蕨市公式ウェブサイト各年次別人口統計
※2 総務省住民基本台帳に基づく人口動態2020年1月1日現在
※3 埼玉県公式ホームページ埼玉県内の在留外国人数2019年12月末現在