用語名

伊沢修二(いざわしゅうじ)

いざわしゅうじ

用語詳細

1851 - 1917。1876 年アメリカへ留学しグラハム・ベルなどの指導を受ける。1878年に帰国後、唱歌選定など文部省を基盤にして音楽教育などに力を注ぐ。1878 年東京芸術大学音楽部の前身である東京音楽学校長、1890 年より東京盲唖学校長も務める。1895年学務長心得として渡台。芝山巌の伝習所で日本語教育を始める。伊沢は台湾での日本語教育に「カタカナの日本語に漢字のルビをつける」という方法をとった。1896 年帰国中に「芝山巌事件」が起き、台湾へ戻る。1897 年帰国後、貴族院議員として教育活動に力を注ぐ。

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