用語名
茶道
さどう
用語詳細
臨済宗(りんざいしゅう)の開祖栄西(えいさい 1141 − 1215)が宋からお茶の種を移入して以来、茶の栽培が行われるようになる。
茶の湯を確立した珠光(しゅこう 1422 − 1502)は、足利義政に珠光流茶道の指南をする。これを孫弟子の武野紹鴎(1502 − 1555)が大坂の堺にひろめ、千利休らを育て、紹鴎が確立した「侘び」の境地も堺の弟子達に引き継がれる。当時の大貿易港であった堺の千利休(せんのりきゅう 1522 − 1591)は千家流を確立し、織田信長、豊臣秀吉に仕えた。秀吉の勘気をこうむり自刃する結果となるが、千家の茶道は今日まで脈々と伝えられている。侘びは、簡素さのなかの凛とした雰囲気、落ちついた寂しさをさすもので、日本人好みの精神構造のひとつである。
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