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「なぜ」の気持ちを大切にする―ビジネス日本語クラスの現場から

2021/06/14

今や外国人が日本の企業を支える時代。「日本で働きたい」と思ってくれる方々が海外にいらっしゃるのはとても嬉しいことですよね。けれど、彼らが日本の企業文化になじめるよう言葉や文化を教えるのは簡単ではありません。ビジネス日本語クラスは、日本語教師の力が一層試されるクラスのようです。そんなクラスの1コマを、ARC東京日本語学校教務の田邉がご紹介します。

日本での就職を夢見る外国人…ってどんな人たち?

ビジネス日本語クラスと聞いて、どんなクラスを思い浮かべるでしょうか。スーツを着たビジネスパーソンが集まって、契約のときに使う日本語やプレゼンの日本語を勉強する…そんなイメージを抱く方が多いかもしれません。私が勤めるARC東京日本語学校のビジネス日本語クラスにもそのような授業はありますが、対象者はスーツを着たビジネスパーソンではありません。このクラスで学んでいる人たちは、母国やそれ以外の国で大学や大学院を卒業して、これから日本で働きたいと思っている留学生です。このため、授業では主に、日本での就職活動のしかたと入社後のビジネス日本語を学びます。教育関係ではない人にこの話をすると、だいたい「え? 外国人留学生が日本人と同じような就職活動をするの?」という驚きの声が返ってきます。私もこのクラスに関わる前はそう思っていました。私が予想していたビジネス日本語クラスの学生は、日本人と同等の日本語力があって、日本式の就職活動をすんなり受け入れる人たち。逆に言えば、このような人たちでないと、日本人といっしょに就職活動をして、働くことはできないと思っていました。

「なぜスーツを着なければなりませんか」と聞かれたら、何と答えますか?

ところが実際にクラスの担当になって、学生たちと話してみると、彼らの日本語力は中級程度でした。冷静に考えたら当然です。日本人並みの日本語力があれば、日本語学校に通う必要はないわけです。日本式の就職活動をすんなり受け入れる人たち、という予想も見事に裏切られました。すんなりどころか、「なぜスーツを着なければなりませんか」「日本人はなぜ時間に厳しいのですか」など、これまで考えたこともない質問をされ、答えに窮しました。それまでも日本語教師として、「どうしてこの助詞は『は』じゃなくて、『が』ですか」といった質問を受けることはありました。しかし、このクラスでは、そうした日本語の質問に加えて、日本人が当たり前だと思っているマナーや考え方に対しても「なぜ」という疑問が頻繁に寄せられます。

大切なのは、学生と一緒に自分も考えること


前列右端が田邊

 

ビジネス日本語クラスに携わって、特に大切にしていることは、学生の「なぜ」を摘み取らないということです。在籍するのは22歳から35歳くらいの人たちが中心です。中には、何年か働いた経験がある人もいます。「面接のとき、どうしてスーツを着なければなりませんか」と質問する学生に対して、「日本ではそういうものです」と答えて、彼らは納得するでしょうか。ひとまず「わかりました」と言うかもしれませんが、それは望んでいる答えではないと思います。私は質問した学生に対して、よく質問返しをします。「もし自分が面接官で、これから入社する人を迎えるためにスーツを着ていたら、面接に来る人にはどんな服装を期待しますか」。このような話をすると、ほとんどの学生は「なるほど」という表情をしてくれます。学生のことを知ることも重要です。その人の出身国ではビジネススーツを着る人が少ないのかもしれません。あるいは、アパレル志望の学生だからこのような質問をするのかもしれません。答え方はいろいろあるはずですが、学生が思った「なぜ」を大切にして、いっしょに考えることで、日本人が「当たり前だ」と思う日本の文化をより深く理解してもらえるのではないかと思います。

日本文化を「なぜ」から考えてみよう

日本語学校から就職を目指す留学生は、日本の大学や専門学校に在籍中の留学生と異なり、留学歴が短いため、採用企業から「日本の文化を十分理解していないのでは」「日本語力が低そう」と思われがちです。たしかに彼らは半年から1年半程度の留学歴しかありません。しかし、その代わり、日本文化を理解しているはずの日本人や日本慣れした留学生が疑問に思わない「なぜ」を考える力があります。なぜスーツを着て就活するのかと質問した学生は、「面倒くさい」と泣き笑いしながら就活を続け、3社から内定を受けました。ビジネス日本語クラスの学生が日本企業から内定を得て卒業する時、彼らの日本語力や物腰は入学時とは比べ物にならないほど成長しています。彼らの「なぜ」を大切にすることは、これからの日本企業や日本社会にとっても大きな財産になるような気がしています。

 

ARC学園 教務部 田邊 麻里江